一般のみなさまへ for citizen

甲信越支部第36回市民公開講座

最新の内視鏡的食道癌・胃癌手術

小山恒男(佐久総合病院胃腸科)


私たちの食道や胃,大腸には5つの層があります.一番内側が粘膜,その外が粘膜下層,さらに固有筋層,漿膜下層,漿膜層があります.全部で2~4mmととても薄い壁です.今日の講演のテーマである食道や胃,大腸癌は必ず粘膜から発生します.しかし残念ながら,初期癌には自覚症状が無いので自分では気がつきません.そしてあなたの胃や大腸に発生した癌は,知らない内に進行します.やがて癌はリンパ管や血管に入り込み,リンパ節や肺,肝臓など転移します.このころ,ようやく自覚症状が現れます.食べ物がつかえる,食欲が無い,胃が痛い・・・,残念ながら手遅れです.癌はすでに全身に広がり,人を殺してしまいます.

例えば,リンパ節にのみ転移した胃癌であれば,開腹し胃とリンパ節を切除すれば癌を治すことができます.しかしこの場合,術後に胃は小さくなり,残された胃の動きが悪くなるため消化能力が低下します.

食道癌の手術では開胸といって胸を切り開くことが必要です.そして,食道およびその周囲のリンパ節を郭清します.食道を取られると何も食べられなくなるので,お腹の中にある胃を首まで引き上げて首でつなぎます.このためには頸部を切り,胸を切り,腹を切らねばなりません.大手術です.当然,術後の生活の質は低下しますが,転移のある食道癌を治すにはやむを得ません.最近では放射線療法や抗ガン剤による治療も進歩しましたが,この治療にも多くの副作用があり,決して易しい治療ではありません.

一方,リンパ節に転移する以前に発見することができれば,リンパ節郭清の必要はありません.転移が無いのだから,この場合は癌だけ切除すれば根治が期待できます.以前は転移の有無に拘わらず開胸,開腹手術が施行されていましたが,最近では転移の危険が少ない癌に対しては開胸や開腹をせずに,内視鏡を用いて主病巣のみを切除する手術が主流になってきました.誰だってお腹を切られたくないですよね.

従来は癌が発生した臓器とリンパ節をまとめて切り取る手術が標準的治療でした.こうして切除されたリンパ節を詳細に検討した結果,癌が粘膜層に限局している時にはリンパ節転移の危険が少ないことが分かりました.詳しく説明すると長くなるので,ここでは大雑把に説明します.癌が粘膜層に止まっている時には転移の危険は極めて少ないのですが,第二層に浸潤し始めるとリンパ節転移を来す危険が高まることが分かったのです.

以前は転移の有無に拘わらず,全ての癌に対してリンパ節郭清を伴う外科的治療が施行されていました.しかし,粘膜層に止まっている癌ではリンパ節転移の危険が少ないことから,内視鏡を用いて消化管の内側から癌を切り取る治療法が約20年ぐらい前に開発されました.

従来はスネアーという金属製の輪で癌部を縛り,高周波電流を流して焼き切る方法が行なわれていました.この方法は安全で,手術時間も短くて済み,大変良い方法でした.しかし一度に切除できる大きさは約2cmと小さく,正確な切除ができないという弱点がありました.このため癌が2cmより広い場合は何回かに分けて切除する必要があり,この場合は約10~20%の確立で局所再発を来していました.また,切除した癌が挫滅し,十分な病理学的検索が困難なこともありました.そこで,大きな癌を一度に正確に切除できる,新しい手術法の開発が期待されていました.

1990年代の後半に国立がんセンターや東京大学,自治医科大学,および佐久総合病院で内視鏡手術用の新しい電気メスが開発されました.この新しい電気メスは内視鏡の鉗子孔から挿入することができます.内視鏡医は癌が映し出されたモニターを見ながら,この電気メスを操り,癌を切除できるようになったのです.

画期的な発明でした.しかし,胃や食道,大腸の壁は約2~4mmしかありません.さらに呼吸や心拍動により常に動いています.少しでも深く切ると穿孔し,浅く切ると癌が遺残します.大変難しい手術でした.

開胸や開腹すれば外科医の手が2本,助手の手が2本,合計4本の手が入るため,切ったり縫ったり様々なことができます.しかし,内視鏡手術では口や肛門から挿入した内視鏡を通してしか手術器具を挿入することができません.内視鏡の鉗子孔は直径2.8mmと狭いため,使用できる電気メスの直径は最大でも2.8mmです.しかもこれらのメスの長さは2m近くあります.このメスを用いて食道や胃,大腸の癌を内腔側から切除するのです.まるで手品のような手術です.

動物を用いた実験を繰り返して安全性を確認し,人に対する手術が始まりました.静脈麻酔といって点滴の中に眠り薬を入れるので患者様は全く苦痛なく手術を受けることができます.でも,時にはトラブルもありました.胃や食道は呼吸の影響で常に動いている上に,大動脈や心臓の拍動による影響も受けます.このため,時には筋肉層に傷が付き穿孔することもありました.また,粘膜下層の太い血管を傷つけ,大出血を来したこともありました.開腹手術ではお腹の中に外科医の手が入るため,出血しても手で押さえて止血することが可能です.しかし,内視鏡手術では手が入りません.出血した際は,出血点を正確に診断し電気凝固やクリップを用いて止血します.また,穿孔した場合はクリップを用いて内腔側から縫合します.この結果,10cm以上の大きな癌であっても,開腹せずに内視鏡下に切除することができるようになりました.

初期の癌には自覚症状がありません.癌はあなたが気づかない内に,あなたの食道や胃・大腸に癌が発生し育ちます.自覚症状が出た頃には癌はすでに進行し転移しています.お腹を切らずに内視鏡を用いた手術で根治するためには,早期発見が不可欠です.このためには,定期的に検査を受けることが重要です.お近くの医師にご相談下さい.きっと,親身に相談に乗ってくれます.

写真の解説
図1:内視鏡手術に使用するフックナイフ
筆者が開発した電気メスで先端部分を直角に曲げてある.電気メスなので触っただけでは切れず,電気を流した瞬間に切ることができる.先端部分で粘膜や線維,血管を把持し,通電切除する.先端のフック部分が1.3mm,アーム部分が5mmである.
図2:第二層(粘膜下層)を剥離中のイラスト.先端のフック部分で粘膜下層の線維を把持し,通電剥離する.
図3:早期胃癌の内視鏡像:中央の赤い部分が癌.まず周囲に白い印をつけ,この範囲を切除する.
図4:癌の周囲粘膜切開が終了した.切開時には血管を切るため若干出血する.
図5:粘膜下層剥離開始時の内視鏡像:中央に見える黒い棒がナイフの外筒で,絶縁体でできている.フックの向きを粘膜と平行にコントロールし把持してから通電剥離する.
図6:粘膜下層剥離中の内視鏡像:約半分の剥離が終了し,病巣部は胃内で反転している.粘膜下層および固有筋層を確認しながら剥離を継続する.この時,胃は蠕動や呼吸性変動で常に動いているため,正確な操作が要求される.
図7:切除終了時の内視鏡像:剥離面に多くの血管を認めるが出血はなく,穿孔もない.無事に手術が終了した.
図8:切除標本
中央部の軽度陥凹した部分が胃癌で,大きさは約4cmであった.周囲の正常粘膜を含めて一括切除した.

図  表 

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図1

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図8