一般のみなさまへ for citizen

近畿支部第33回市民公開講座

食道炎ってどんな病気?

三輪洋人(兵庫医科大学 内科(上部消化管科))


食道炎とは食道の粘膜が炎症のため傷ついてびらんや潰瘍を起こした状態を言いますが,日常的に見られる食道炎のほとんどは逆流性食道炎です.間違って強い薬剤を水なしで飲んだり,自殺の目的で強い刺激性の薬物を飲んだりした時の腐蝕性食道炎,あるいは体力が弱ったり免疫力を押さえるステロイド剤を飲んだりする場合に生じるカンジダ性食道炎(食道真菌症)などの特殊な場合を除いて,一般的に食道炎とは逆流性食道炎を指すと考えてよいと思われます.

逆流性食道炎とは胃酸を主体とする胃内容物が食道へと逆流することにより生じる疾患です.このため,食道粘膜が胃酸によって溶けて潰瘍やびらんが起こったり,胸やけなどの症状を生じたりします.食道内に酸が逆流するので胃酸の多い,いわゆる胃酸過多の人に生じやすい疾患であるため,特に体格がよく肉食系で酸分泌能の高い白人によく見られ,どちらかといえば草食系で胃酸分泌能の低い日本人には少ない病気であると考えられていました.しかし,最近食生活の欧米化により,蛋白や脂肪の摂取量が増えたり,肥満が増加したり,また胃粘膜に炎症を起こし胃酸分泌を抑制していたピロリ菌の感染率が低下するなどさまざまな要因が重なり,日本人でも逆流性食道炎が急速に増えてきていることが知られています.図に食道内視鏡写真を示します.左端は正常の食道像,右の二つは食道炎の像です.二つの写真とも比較的軽度の逆流性食道炎ですが,日常ではこの程度の逆流性食道炎が多く,それほどひどいものは日本では少ないとされています.(図1

もともと胃は酸を作り食べ物を消化することがその主要な仕事であるため,胃酸が胃の中に存在すること自体は悪いことではありません.胃の内容物は食道と胃の境目にある逆流防止装置で食道へと逆流しないことが知られており,このため通常は胃酸が食道内へ逆流することはありません.われわれが食後すぐに逆立ちをしても胃の中の内容物が口の中へ逆流しないのはこの逆流防止装置がうまく働いているからです.この防止機構は下部食道括約筋が作る圧力によって作られ維持されていますが,食道裂孔ヘルニアがあったり,この下部食道括約筋が一時的にゆるんだりすると逆流を生じてしまうのです.この下部食道括約筋の一時的なゆるみは脂肪を摂取したときに分泌されるホルモンやさまざまな食物に影響されることが知られています.脂っこいものを食べたあとや,柑橘類や刺激物,アルコールを飲んだ後などに胸焼けが起こりやすいのはこのためと考えられています.またこの逆流の勢いは,胃が多量の内容物で張っていたり,腹圧の上昇などによって増加するため,過食後や肥満の人に逆流が生じやすくなることが知られています.妊婦も胎児がお腹の中にいて腹圧を高めますし,またベルトを強く締めすぎたり,前屈みの姿勢をとったりしても腹圧を高めるので逆流が強くなります.

逆流性食道炎の主な症状は胸やけや胃内容の逆流感で,この二つは逆流性食道炎の定型症状といわれています.胸やけとは前胸部を中心として起こり喉へと放散する焼けるような感覚(灼熱感)と定義されます.これらの症状は比較的よくあるものですが,日常生活に与える影響は大きく,好きなものが食べられずつい食事を制限してしまう,仕事や勉強に集中できない,運転や前屈みの仕事ができないなど,生活の質(Quality of Life; QOL)に大きく影響することが知られています.しかし,胸やけなどの定型症状を呈さない場合も多くあります.食道外症状といわれるものです.のどのイガイガ感や咳,のどの嗄れた感じは比較的よくある症状です.喘息などもこの逆流症が原因のことが多くあります.胸の痛みも胃酸の逆流で誘発されることもあり,これは非心臓性胸痛と呼ばれています.また,中耳炎や歯ぎしり,睡眠時無呼吸症候群までもが胃酸の逆流と関連することが知られています.これらの症状は食道への胃酸の逆流が原因となることに気づけば,逆流の治療で嘘のようによくなるのですが,これに気づかないと対症療法のみでは症状がよくならないことも多いため,ずっと悩んでいる患者さんも多くいると想像されます.このように呼吸器系や耳鼻咽喉科系と思われる疾患でも逆流性食道炎の症状の一つであることもありますので,なかなか病状が改善しない場合には消化器の専門医に相談してみるのもいいかもしれません.(図2

先ほど書きましたが,逆流性食道炎は食道へ胃酸が逆流するために食道の粘膜が傷ついてしまう疾患で,食道への胃酸の逆流が強ければ強いほどその粘膜障害が進行することが知られています.この図は食道内24時間pH測定の結果です.この図からは健常人でも少しは酸の逆流があり(1日のうち2~3%),われわれが感じていないだけだと言うことがわかります.また,逆流性食道炎の患者さんの逆流時間を見てみると,食道内での酸の逆流時間が増えれば増えるほど食道炎の程度がひどくなることがわかります.(図3

ところが食道の粘膜障害がみられないのに逆流性食道炎の症状をきたす人がいます.これらの患者さんは非びらん性食道胃逆流症と呼ばれ,最近注目されています.決してめずらしい疾患ではなく,胸やけや逆流感を訴える患者の6から7割の人はこの非びらん性食道胃逆流症ではないかと考えられています.食道の粘膜に異常が見られないことは食道への胃酸の逆流はそれほど多くはないことを意味していますが,これら非びらん性逆流症の患者さんの症状は酸逆流の多い逆流性食道炎と同様に強いことが判明しています.少ない逆流時間にかかわらず症状が強いのは非びらん性逆流症の人が酸を特に感じやすいからと考えられています.いわゆる食道知覚過敏です.これまで,内視鏡検査で以上が見られないこの非びらん性胃食道逆流症の人は明らかな病気と認識されなかった傾向がありましたが,最近はこの疾患に対する認識が進み,非びらん性胃食道逆流症の患者さんも積極的に治療しようとの機運が高まっています.

いったん逆流性食道炎の診断がつけば,逆流性食道炎の治療は困難ではありません.生活指導と内科的な薬剤の投与ですっかりよくなることがほとんどです.その治療にはプロトンポンプ阻害剤という薬剤を用います.強力に酸分泌を抑制する薬剤で,逆流性食道炎の特効薬です.数週間,薬物治療を行えば食道の粘膜障害は治癒します.また症状は治療開始から数日でほぼ消失します.もちろん,非びらん性胃食道逆流症の患者さんにもとても有効な薬剤です.このように通常は治療で症状が劇的に改善することが多いのですが,実際には胸やけを自分自身で我慢して医療機関を訪れない人が多いことも現実です.少しぐらい胃の調子が悪くても当たり前だ,日本人はあまり胃が強くないのだ,などと自分自身にいいきかせて,市販薬を飲んで一時的に症状をごまかしている人が極めて多いのではないかと心配になります.先程来述べているようにこの疾患は命にかかわるものではありませんが,その症状は日常生活の快適さを著しく損なうものです.医療機関を受診し,ちゃんと診断をしてもらってから投薬を受ければ,ご自身も安心ですしまた症状も劇的に改善するのですから,胸やけなどでお困りの方は自分で勝手に納得したり我慢したりせず,是非とも医療機関を受診して頂きたいものです.(図4図5

図  表

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図1

図2

図3

図4

図5