一般のみなさまへ for citizen

関東支部第37回市民公開講座

ピロリ菌関連の胃の病気とその予防・治療

菅野健太郎(自治医科大学消化器内科)


はじめに

最近は,ピロリ菌のことを知っている市民の方々も多くなってきました.この細菌が発見されたのは,実は今からたった20年あまり前のことに過ぎないのですが,この20年あまりの間に,世界中でたくさんの研究が行われた結果,ピロリ菌が胃炎や胃潰瘍などの病気に深く関わっていることが確実であると考えられるようになりました.そこで,この細菌の発見者であるオーストラリアのWarren先生とMarshall先生に2005年のノーベル医学・生理学賞が授与されたのです.
それでは,このピロリ菌はどんな細菌なのでしょうか?ピロリ菌の正式な名前はヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)といいます.大きさは3~5ミクロン(1ミクロンは1mmの1000分の1の大きさ)にすぎませんので,目ではとても見ることができません.この細菌は体の端に鞭毛を数本持っていて,これを使って胃の粘液のなかを活発に動いていくと考えられています(図1).
わが国では40歳以上の大半の方がこのピロリ菌に感染していると考えられております.若い人の感染率は低くなっていますが,それでも日本国民の半分にあたる約6千万人の方が感染している計算となります(図2).このように大変多くの方々が感染しているだけでなく,ピロリ菌は胃炎や胃潰瘍のほかに,胃癌や胃のリンパ腫などの重大な病気にも関わりがあることがわかってきました(表1).癌やリンパ腫というと怖い病気なので心配になる方も多いと思いますが,ピロリ菌に感染している人がだれでも癌になるわけではありませんので,あまり心配しすぎる必要はありません.実際,ピロリ菌に感染している人は普段は無症状の場合が多いのです.また,病気になるかどうかは体質や食べ物などの生活習慣,ピロリ菌の性質などによって決まるのではないかと考えられています.ただ日本人に感染しているピロリ菌の性質は,世界のほかの国々のピロリ菌と比べると病気を起こしやすい悪い性質を持っていることが神戸大学の東先生の研究で分かっています.

胃潰瘍とピロリ菌について

それでは次に胃潰瘍とピロリ菌の関係についてお話しましょう.胃潰瘍は夏目漱石をはじめ昔から多くの日本人を苦しめてきた病気です.胃潰瘍になると,胃のあたりの痛み,胃重感や食欲低下などさまざまな不愉快な症状が現れてくることが知られています(図3).ただ,全く無症状の場合もありますので,症状がないからといって胃潰瘍ではないとは言い切れません.突然,吐血や下血というような出血で見つかる潰瘍や,穿孔といって胃の壁に穴が開いて腹膜炎となってしまう場合もあります.十二指腸も潰瘍がよくできる場所で,胃潰瘍,十二指腸潰瘍を消化性潰瘍とまとめて呼ぶこともありますが,そのどちらもピロリ菌が原因として深く関わっています.図4には北海道大学の西川先生たちのデータを示しておりますが,日本人の胃潰瘍,十二指腸潰瘍患者さんの90%以上がピロリ菌に感染していることがわかっていることはその証拠の1つです.ピロリ菌が潰瘍に深く関わっているさらに重要な証拠は,ピロリ菌を退治すると潰瘍の再発が驚くほど少なくなることです.
ピロリ菌と潰瘍のつながりがわかる前から,酸を抑えるH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)やプロトンポンプ阻害薬が潰瘍を治す薬として広く使われはじめ,潰瘍が早く良くなおるようになっていたのですが,残念ながらこれらの薬をやめると,多くの潰瘍が1年以内にまた再発してしまうという問題点があったのです.このため,潰瘍患者さんは抗潰瘍薬を飲み続けるのがよいとされてきました.しかし,ピロリ菌を除菌してしまうと多くの潰瘍患者さんは薬を全く飲まなくても潰瘍の再発が減ってくることが世界中の国々で行われた試験によってわかってきたのです.図5には,日本で行われた試験の結果を示していますが,ピロリ菌を除菌してしまった人はピロリ菌が陽性の方と比べて,潰瘍の再発がとても少なくなっていることがわかります.つまり,日本人の潰瘍も外国の人の潰瘍もピロリ菌が原因で起きることが多く,除菌治療によって潰瘍の再発がほとんど起きなくなるという共通の結果となっているのです.
このように,除菌できますと薬を飲まなくても潰瘍の再発が非常に減ってしまいますので,何度も病院にいってお金をはらってお薬をもらう時間や費用から解放されますし,潰瘍からの出血などの恐ろしい合併症も減ることがわかっています.ですから,ピロリ菌が陽性の潰瘍患者さんにはまずピロリ菌の除菌治療を勧めるというのがわが国だけでなく,世界中の専門家の一致した考え方になっています.

ピロリ菌の診断法と除菌の方法

それでは,自分の胃にピロリ菌がいるかどうかどうしたらわかるのでしょうか.表2に示すようないろいろな方法で調べることができますが,大まかに分けますと,内視鏡検査を行って胃の組織の一部を採取して調べる方法と,内視鏡を使わなくてもできる方法とがあります.この表には難しそうな検査の名前がならんでいますし,それぞれの方法には長所,短所がありますので詳しいことは専門の先生に直接聞いてみるとよいでしょう.いずれにせよ,そのどれかの方法でピロリ菌が胃のなかにいることがわかったら,ピロリ菌のいないきれいな胃にしたいと思うのは人情ですね.でもちょっと待ってください.わが国では,まだだれでも保険で菌がいるかどうかを調べられるわけではないのです.保険を使ってピロリ菌の検査ができるのは,潰瘍(胃潰瘍でも十二指腸潰瘍でもよい)のある方,潰瘍の治った跡(潰瘍瘢痕)がある方に限られるのです.このような潰瘍の形跡が明らかな方で,ピロリ菌がいる場合に限って保険を使って除菌治療をすることができるのです.保険を使ってできる除菌治療の方法は,プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗生物質(アモキシシリンとクラリスロマイシン)の合計3種類のお薬を一週間飲むという,至って短期間ですむ治療なのです.この方法で治療するとおよそ80%から90%の人ではピロリ菌が胃から消えてしまいます.ただ,注意しなければならないのは,抗生物質を2種類も服用しますので,抗生物質に弱い体質の方では思わぬ副作用(薬疹や出血性腸炎など)が出ることが知られています.ですから除菌薬を服用する前によく担当の医師とご相談ください.無事お薬が服用できた場合,ピロリ菌がきちんと退治できたかどうかを調べる必要があります.その方法として最も信頼されているのが,尿素呼気試験と呼ばれる方法です.これは,特殊な尿素製剤(安定同位元素で炭素原子を標識した尿素)を服用し,吐く息に出てくる特殊な炭酸ガス成分を調べる方法です.内視鏡検査も必要なく,患者さんにとっても安全で手軽な検査法です.すでにお話しましたように残念ながら除菌治療は完全ではありません.10~20%の人では除菌がうまくいかず,ピロリ菌が消えない場合があります.この場合,いまの健康保険制度では,同じ方法でもう一度除菌治療を行うことができますが,同じ治療を繰り返すのは勧められません.最初の除菌がうまくいかないのはピロリ菌が除菌で使う抗生物質の1つ(クラリスロマイシン)が効かない菌(耐性菌)であった場合が多いので,同じ方法で除菌を繰り返しても成功する確率は半分以下に過ぎないことがわかっているからです.ですから,一度除菌に失敗したら,もう一度除菌する場合には抗生物質の組み合わせを変えて行うのが最もよいと考えられています.残念ながら,まだこの違う抗生物質の組み合わせによる再除菌治療法は健康保険で認められていません.ですから,いまのところ患者さんが全額を負担しなくて除菌のお話をすると,患者さんからせっかく除菌してもまた感染してしまうのではないかというご質問を受けます.でもご安心ください.日本では一度除菌に成功すると,ほとんどの人はまた感染することはないのです.

ピロリ菌と胃癌について

ピロリ菌と胃の病気のなかで,最近最も注目されているのが胃癌との関係です.ピロリ菌に感染している人は,症状のあるなしにかかわらず胃の粘膜に炎症が起きていることがわかっているのです.これは私達の体が,胃にピロリ菌が潜んでいることを察知してなんとか体を守ろうとしているためだろうと考えられています.このため,細菌と戦う白血球やリンパ球などが胃の粘膜にたくさん集まってきて,炎症が起きるのです.炎症が起きるとちょうど火傷のように粘膜が赤くなり腫れて弱くなってしまいます.ですからそこに酸やペプシンといった組織を傷害する物質が作用すると潰瘍になりやすくなるのです.皮膚に火傷したらとても痛いのですが,胃の粘膜が炎症を起こしてもあまり痛みを感じませんね.それは胃の粘膜には痛みを感じる神経が分布していないからなのです.ですから,内視鏡検査のときに,胃の組織の一部をつまんで切り取っても(これを生検といいます)痛みを感じることがないのです.さて,話しを戻しますと,このようにピロリ菌に感染している人は,ピロリ菌を防ぐために胃袋のなかで白血球やリンパ球が戦っていますが,ピロリ菌もしぶとくて一旦感染するとなかなか排除することはできません.ですからピロリ菌が感染していますと,知らず知らずのうちに胃ではいつまでも炎症が続いているのです.このように絶えず炎症を起こしている状態というのは,癌が出来やすい状態といわれています.慢性肝炎から肝癌が出来やすいのはそのよい例です.実際,慢性胃炎の患者さん,特に炎症が長く続いて胃の酸を出す細胞が減ってしまった萎縮性胃炎の人からは胃癌が発生しやすいことを上村先生が報告されています(図6).
それでは,ピロリ菌を除菌すると,胃癌の発生も減るのでしょうか?最近中国で行われた研究では,ピロリ菌を除菌すると,胃癌の発生が減るという結果が示されていますが,すでに前癌状態となってしまった場合には,除菌をしても胃癌の発生は十分には防げないことも示されました.また岡山の水野先生の研究では,胃潰瘍や十二指腸潰瘍の患者さんを除菌したところ,除菌しない場合と比べて胃癌の発生が低くなることが示されています.水野先生たちの研究でも萎縮のない十二指腸潰瘍患者さんからは胃癌は発生しなかったのですが,胃潰瘍の患者さんからは癌の発生は減りますが,なくなるわけではないことがわかっています.このようにピロリ菌を退治してしまうと胃癌の予防になるのではないかという証拠がだんだん強くなってきています.しかも,除菌による胃癌の予防効果は,萎縮性胃炎などの胃の状態となってしまう前に行うほうが高いと思われます.いまでも日本では胃癌で毎年5万人近くの方が亡くなっていますし,10万人に上る方が胃癌で手術をされたり,薬を飲んだりしています.ピロリ菌を除菌することによって胃癌が出来る前に予防ができる可能性が高いとなれば,国をあげてこの問題に取り組む必要があると思います.そのためには,潰瘍患者さんだけでなく,潰瘍がなくてもピロリ菌に感染している人は,健康保険で除菌できるようにしていくことが重要です.ですから市民の皆さんもぜひピロリ菌の問題に関心を持っていただいて,早くみんなが希望すれば保険で除菌できるように国や製薬会社に要望をしていただきたいと思いますし,学会としても努力していきたいと考えています.

 

 

図  表

拡大画像へ
リンクします

図1

図2

表1

図3

図4

図5

表2

図6