一般のみなさまへ for citizen

中国支部第40回市民公開講座

健やかに食べつづけるために~口腔ケアと嚥下リハビリテーション~

堀内武志(岡山赤十字病院玉野分院内科,現所属:赤磐医師会病院内科)


はじめに

「食べる」の意味を辞書で調べてみると,(1)食物を口に入れ,かんで飲み込む.(2)生計を立てる,生活する,暮らす.(本来は「賜(た)ぶ」に対する謙譲語で,「いただく」の意味.飲食物の場合に限って用いられる)とあります.この「食物を口に入れ,かんで飲み込む」ができないことを「摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)」といい,さらに,「正常に飲み込めない」ことを「嚥下障害(えんげしょうがい)」といいます.
日本は世界一の長寿国ですが,長寿を元気に生ききるためにも,「健やかに食べ続ける」ことが非常に大切であると思います.そのためには,嚥下障害についての理解が必要であると思います.

1.嚥下障害とその問題点

食物や水分を飲み込む動作のことを,「嚥下(えんげ)」といいます.「嚥下障害」とは,簡単に言うと「食べられない,飲み込めない」ということです.この嚥下障害は,昔からあった問題ですが,最近特に注目されてきています.たとえば,平成18年4月の介護保険と医療保険の制度と報酬が改定では嚥下障害に対する病院や施設の対応がよりいっそう評価されるようになりました.それは,「食べられない」ということがすなわち「生命および人生の質と直結する重大問題」であるということが見直されてきたからです. 嚥下障害の問題点には,主に次の3つがあります.

1. 食物を摂取できないことから生じる,脱水症・栄養不良,生命の維持にかかわる問題
2. 食べたものが食道に入らず気管・肺に入ること(「誤嚥(ごえん)」といいます)による窒息や(誤嚥性)肺炎の問題
3. 自分で食べられなくなり,鼻からや胃ろう(直接に胃の中に栄養や水分を注入する穴をおなかに開けること)からのチューブ栄養(経管栄養)をしたり点滴栄養をすることによる「食べる楽しみ」の消失と人生の質,QOLの低下の問題

です.(1)(2)は生命の問題であり,(3)は人生の質の問題です.

2.正常嚥下と嚥下障害

嚥下には,1.食べ物であると認知(意識)する.2.口の中に入れて,かむ(咀嚼する).その後,口の中で固まり(食塊)にする.3.舌の運動で,食塊を咽頭に送り込む.4.呼吸停止を止めて口唇・鼻咽喉の閉鎖(軟口蓋,舌,喉頭蓋を使って)喉頭(のど)挙上し,嚥下反射が起きる.5.食道を通過(蠕動運動)する.という5つの時期があります(図1図2).嚥下障害のある方はこの手順がうまくいかなくなっています.だから,嚥下障害の診断は,「食べようという意思があるか,中枢である脳に障害があるか,口腔,咽頭,喉頭,食道に障害があるか」を調べる必要があります.また,年齢とともに飲み込む能力は低下します.

3.歯の話

健やかに食べ続けるために大切なこととして,歯の話があります.8020(ハチマルニイマル)といって,「80才になっても20本以上自分の歯を残ししておこう」という運動があります.もともと成人では32本あったはずの歯は年とともに減っていきます.1999年度に実施した厚生労働省の調査によると,80歳での平均残存歯数は8.2本で,80歳で自分の歯が20本以上残っている人は15%でした.また,100歳以上長寿者の食事状態と咀嚼状態を調査したところ,6割近くの人が「なんでも食べられ」,5割の人が咀嚼は「良好」でした.健やかに食べ続けるためには自分の歯を大切にすることが重要だと思います.むし歯や歯周病は心臓の病気,神経の病気,腎臓の病気,皮膚科疾患,眼科疾患等全身の病気とも関係があるといわれます.また,口の中が不潔になっていると誤嚥による肺炎を引き起こしやすくなります.むし歯や歯周病の治療をして良く噛むということは,これらの病気予防になり,噛むことにより,脳の血液量が増して脳の活性化につながり,痴呆の予防にもなります.自分の歯が残っている高齢者の方はより快適な食生活を送ることができ,健康的だと思います.

4.嚥下障害を疑う症状(図3

嚥下障害の症状には,物を飲み込むのが困難,食べ物が胸につかえる.水分のほうが固形物より飲み込みにくい,口の中に食べ物が残る,飲み込む時にむせたり咳込んだりする,食事中に声がかれる(声が変わる,ガラガラ声になる).よだれの増加,食後の痰の増加,肺炎や気管支炎を繰り返す,食べるのに時間がかかる,やせた,構音障害(しゃべりにくい.「パンダのたからもの」とはっきり言えない),などがあります.誤嚥性の肺炎を起こして初めて嚥下障害わかることもあります.固形物は大丈夫でも,水やお茶などの粘り気のない液体が飲み込みにくく,むせやすいことには注意が必要です.また,食事中にガラガラ声になる場合は,のどに食べ物が残りやすいということで,誤嚥に注意するサインです.

5.嚥下障害の原因(図4

嚥下障害の代表的な原因には,口腔癌などの頭頚部癌の術後,食道癌術後,脳血管障害(脳梗塞や脳出血など),延髄外側症候群(ワレンベルグ症候群),パーキンソン病・症候群,進行性の神経筋疾患(PSP,進行性球麻痺など),廃用症候群,反回神経麻痺,長期留置チューブや呼吸管理に伴うもの,強皮症,アカラシア,薬剤によるもの,精神・神経的疾患(認知症,うつ病,心身症,拒食症など),などがあります.これらのなかでも,脳血管疾患(脳梗塞や脳出血)の後遺症の方と進行性の神経筋疾患の方が多いです.認知症による摂食障害もよく認めます.また,基礎疾患がはっきりしない嚥下障害もあります.

6.嚥下障害の検査法(図5

簡単な嚥下障害のスクリーニングテストとして,RSST(反復唾液嚥下テスト)と水飲みテストがあります.RSST(反復唾液嚥下テスト)は,座位で30秒間に3回以上の空嚥下ができるかをみるテストです(口の中が乾いている場合は少量の水で湿らせてから行ってもよい).水飲みテストは,座位で常温の水30mlを飲み,1回でむせることなく5秒以内に飲めたら正常と判断します.
嚥下障害が疑われた場合,さらに専門的な嚥下検査として嚥下造影(VF),喉頭内視鏡検査(VE)などがあります.嚥下造影(図2図6)は,嚥下障害が疑われる方に造影剤が含まれている食物(水,ゼリー,ご飯,麺など)を実際に食べていただき,それをレントゲン透視装置で撮影・ビデオ記録したものです.食材の形態,または姿勢による嚥下状態の変化等について,検査後にビデオをコマ送りで詳細に評価します.どのような食材をどのような姿勢で食べることが可能なのか,または,食べてはいけないのかがわかります.また,嚥下リハビリテーションの効果を判定できます.喉頭内視鏡検査は,細い内視鏡でのどの奥を観察し,実際の嚥下の状態を評価する検査です.

7.嚥下障害のリハビリと治療(図7

嚥下障害があると診断された場合,その時点で適切な対応をする必要があります.嚥下障害の原因になる病気があるなら,まずその病気をしっかり治療します.そして,嚥下造影の結果や臨床所見をもとに必要に応じて以下の治療・リハビリを行います.下記の(1)から(6)に気をつけるだけでも安全な経口摂取が可能になることがあります

1.口腔ケア(口の中の清潔・浄化)
  口の中が汚いと知覚・味覚を阻害し,食べる意欲をそぎ,食べられなくなります.また,口の中が汚いと,肺炎の原因になる細菌(バイオフィルム)が増殖し,誤嚥性肺炎の危険性が増し,発熱の原因になります.口腔ケアは「うがいに始まり,うがいに終わる」といいます.うがいとブラッシングが口の中を清潔にする基本です.また,先に述べた歯を大切にすること,入れ歯を清潔にすることも大切です.
2.環境設定,自助具の工夫,薬物の調節
  食事中は食事に集中できるようにします.テレビを見ながら食べると,誤嚥する可能性が高くなります.お箸やスプーンは使いやすいものにします.常用薬も,種類によっては嚥下障害を悪化させることがあるので,注意が必要です.
3.ADL(日常生活動作)の改善
  ADL(日常生活動作)が改善し,活動範囲が広がっただけで嚥下障害もそれにあわせて改善することがあります.寝たきりや閉じこもりにならないように努めます.
4.体位,姿勢の工夫
  飲み込みの悪い方が,普通に座って食事摂取すると,誤嚥する危険性が増すことがあります.背もたれの角度を30~60度に倒し,軽く首を前屈させた「リクライニング位」が一般に誤嚥しにくいとされます.麻痺がある時は,必ず健側から食物を与えるようにします.半身麻痺や片麻痺は,麻痺側に首を回旋(向けて)させるとよいことがあります.
5.食べ方の工夫
  むせやすい場合には,空嚥下(口に食物を入れないで飲み込む動作をする)や交互嚥下(極少量の冷水と食物を交互に飲み込む)が有効なこともあります.空嚥下はのどに食物が残るのを減らし,誤嚥の予防になります.
6.食材の工夫
  食べにくいものを避けるのが鉄則です.水やお茶,汁物などの液体,口腔内でバラバラになる物,パンやカステラなどのパサパサした物,海藻やモナカの皮,お餅のように口腔内や咽頭に貼り付きやすい物,粘りの強い物,トコロテンのようにつるつるした物,硬い物,酸味の強い物などは注意です.キザミ食も気をつけたほうがよいです.水分摂取も,ゼラチンなどのゲル化剤を用いてゼリー状にして固形物として摂取したほうがよいことがあります.
7.嚥下訓練
  間接嚥下訓練(食物を使わない訓練)と直接嚥下訓練(食物を使う訓練)があります(後述).
8.外科的治療法
  喉頭挙上術,輪状咽頭筋切開術,喉頭摘出術,声門閉鎖術などの手術による治療もあります.

8.嚥下訓練(リハビリテーション)

1.間接嚥下訓練(図8
  食物を使わない訓練で,体操やアイスマッサージ,発声訓練等があります.発声訓練としては,“パタカラ(パパパパパ,タタタタタ,カカカカカ,ラララララ,と繰り返す)”や“るりもはりもてらせばひかる”などがあります.
2.直接嚥下訓練(図9
  食物を使う訓練で,嚥下造影等で評価しつつ,嚥下状態の変化にあわせて,ゼリー→ペースト食・ミキサー食(ピューレ)→常食の順に食事変更し,徐々に量や回数を増やします.嚥下訓練食の例をあげます(図10).

9.実用的な経口摂取が不可能だった場合

残念ながらどうしても実用的な経口摂取(生命の維持に必要な食事を安全に口からとれること)が困難な方もおられます.その場合には,中心静脈栄養等の持続点滴や,経管栄養が必要になります.一般的には経管栄養になることが多いです.経管栄養には,鼻から栄養チューブを入れて栄養する経鼻経管栄養,おなかの皮膚から直接胃に管をいれる胃ろう(内視鏡的につくった胃ろうをPEGという),首から食道にチューブを入れる経皮経食道胃管挿入術(PTEG)などがあります.また,栄養チューブを食事のときだけ入れる間歇的経管栄養という方法もあります.

10.まとめ

“健やかに食べ続ける”を定義すると,(1)食べるという楽しみを失わないこと,(2)食べることが生命の危険を脅かさないよう,年齢や疾病その他の身体条件にあった注意・工夫をしつつ食べること,だと思います.嚥下障害の話を中心にお話を進めさせて頂きましたが,上記のような対処方法で,むせることが減り,肺炎の危険性が減った方もおられます.嚥下障害が改善し,経管栄養だったのに自分で口から食べられるようになった方もおられます.人間にとって“食べること”の問題は,生命および人生の質と直結する重大問題です.この小文が皆様方の嚥下障害の理解にお役に立てますよう祈念申し上げます.

図  表

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図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図10