一般のみなさまへ for citizen

東海支部第57回市民公開講座

内視鏡による治療

安藤伸浩(名古屋セントラル病院消化器内科)


1.内視鏡とは?

内視鏡とは,外から見えない身体の中を,先端にレンズのついた管を差し入れて観察や治療をする医療機器です.耳,鼻,尿路など体中の穴から内視鏡による観察は可能ですが,その中でも消化器では口や肛門を通じて食道,胃から大腸までを観察し,癌などの病気の診断・治療が行われます.
内視鏡の歴史は古く,約140年前,直径13mmの硬い内視鏡を曲芸師のように口から入れて,観察が行われました.1960年頃から細いガラスの束を使ったファイバースコープが実用化しました.1983年頃からビデオカメラのような電子スコープが誕生し,画像はより細かく,内視鏡はより細くなっています.最近では鼻から入れる5mm以下の内視鏡やカプセル内視鏡も実用化しています.
当初は「視る」だけだった内視鏡に,ファイバースコープ以降,径2~3mmの穴(鉗子口)を通じて「診断」(組織をとる)と「治療」の機能が加わりました(図1).

2.内視鏡治療の歴史

内視鏡治療の初期は,ポリープを内視鏡の鉗子口からいれた金属の輪で機械的に縛って切っていました.その後,縛った後,電気を流しながら焼き切ることで出血を予防するようになりました.また,ポリープだけでなく,平らな病変に対して,食塩水を注射してポリープ状に持ち上げて切除するようになりました(図2).1970年から90年代後半までは基本的に金属の輪(図3)で切る方法でした.この方法では大きく切ろうとすると胃や腸に穴をあけてしまう危険が高く,安全に一回で切れる大きさは2cm程度でした.

3.内視鏡治療と胃がん

内視鏡的に治療できる胃がんとはそもそもどんなものでしょうか? 胃の壁は表面から,粘膜,粘膜下層,筋層などと分かれています.胃のがんはもっとも表面の粘膜から発生し,下へ深く広がります.ある程度の深さに達すると胃の壁から離れたリンパ節や肝臓などに転移します.
内視鏡でとれる場所は胃の表面の一部だけです.リンパ節や肝臓に転移したがんはたとえ胃にあるがんを完全に取り去ったとしても,転移した部分が広がり,命取りとなります.一方,外科切除では周りのリンパ節を含めて胃を切除するため,たとえリンパ節に転移があっても治すことができます.つまり,「リンパ節などに転移がない」というのが内視鏡的切除で治る胃がんの条件となります(図4).
そこで今までに外科で切除された胃がんについて調べたところ,リンパ節などに転移のない胃がんの条件が明らかになってきました.その条件は,1.分化型胃がん(細胞の形が正常に近く,比較的広がりにくい),2.深さは粘膜まで(いちばん浅い),3.がんに潰瘍ができていない,4.大きさは関係ない,というものでした.
現在,胃がんの治療についてはガイドラインがあります(図5).ガイドラインでは科学的な証拠を集め,病気の進み具合に応じて,標準な治療として日常行われるべきものが示されています.ガイドラインによる,内視鏡的治療がよいと思われる胃がんの具体的条件は,1.分化型,2.粘膜まで,3.潰瘍がない,4.大きさ2cm以下となっています.大きさが2cmを越すがんは,1~3の条件を満たせばリンパ節転移がないにも関わらず,外科的切除に回されてしまいます.その理由は,内視鏡治療の歴史で書いたように,金属の輪で切る方法では,とれる大きさが2cmほどという限界があったからです.

4.新しい内視鏡治療

2cm以上のがんを何とか内視鏡的に切除したいという考えから,新しい治療法が考えられました.それは鉗子口を通して電気の流れる針のようなもので直接,胃の内側を切って剥ぎ取る方法です.この方法では,自由に胃を切れるため,大きさに制限はありません(図6).
実は以前から針を用いてがんの周囲を切っておき,金属の輪をかけやすくして切る方法が一部の病院で行われていました.この方法では,周囲をあらかじめ切るため,がんをきれいに1回で切除可能ということです.しかし,針の先端で胃に穴を開けてしまう危険が高く,難しいためあまり広まりませんでした.
90年代後半に胃に穴をあけずに切るナイフが考えられました.先端にセラミックの球をつけて絶縁し,押しつけても穴の開かないナイフです.当初は,ナイフで周囲を切って,その後に金属の輪で切り,それまでの大きさ2cmまでの病変に行われました.そのうちに周囲を切った後,病変の下にナイフを入れて直接切って,全体を剥ぎ取るようになりました.この方法により,2cmの制限はなくなり,どんな大きさの病変も内視鏡で切れるようになりました.
いろいろなナイフが開発されましたが,ナイフで周囲を切り,下を剥ぎ取る新しい方法を内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)といいます.

5.新しい治療(ESD)の良い点

ESDの良い点は,第一に病変の取り残しによる再発が少ないことです.以前の金属の輪で縛る方法は,輪をかけたときに滑って位置がずれることがあり,2cm以下の病変でも1回できれいにとれないことがありました.1回でとれない場合,2回3回と輪をかけて全体をとることになるのですが,輪と輪の間に病変が残る危険があります.実際に全国の代表的な病院の報告によると,以前の方法では2cm以下の病変だけを切っていても,取り残しによる再発が12%ありました.ただし,再発があってももう一度内視鏡で,あるいは次は外科的に切除することで治ってしまうため,患者さんの命取りにはならないということでした.命を落とすことはないのですが,再発再治療の可能性が10人に1人ぐらいありました.一方,ESDの代表施設である国立がんセンターの報告によると,ESDでは大きさに関係なく,97%の病変を1回で切除でき,取り残しの再発は0例でした.
ESDの良い点の第二は,大きな病変でも取り残しなく切除できること(図7)です.以前は外科的に切除された病変を内視鏡で切除することが可能です.リンパ節転移のない早期胃癌は,外科切除を受ければほとんど治ってしまいますが,同じように治るならば,胃を残して,以前と同様の食生活を過ごせる方が患者さんのメリットは大きいといえます.
ESDの歴史はまだ浅く,長期的な結果や多くの施設による報告をまとめる必要がありますが,大きな病変も含めて,再発再治療なく胃がんを治療できることが期待できます.

6.新しい治療(ESD)の問題点

ESDには良い点だけではなく,問題点も多くあります.
問題点の第一は胃に穴が開くこと(穿孔)です.穿孔の危険は以前の方法では0.5%でしたが,ESDでは3~5%ほどです.穴の開きにくい工夫はされましたが,それでも以前よりは穿孔の危険が高いのです.穿孔の危険があってもESDが広まってきた背景に穿孔治療の変化があります.80年代までは胃潰瘍などの穿孔は外科で緊急手術が行われました.90年代から穿孔でも条件によっては手術を回避して食事中止と点滴により自然に穴が閉じるのを待つようになりました.また,内視鏡では1989年に潰瘍の出血を止める金属のクリップが開発されて,止血治療が行われるようになりました.内視鏡治療時に穴を開けてもクリップを用いて閉じてしまい,手術とならずにすむようになりました(図8).国立がんセンターによると穿孔の可能性は3.4%ですが,緊急手術は0.1%です.穿孔は本来あってはならないことですが,たとえ起きても手術せずに治せるという意識の変化により危険性が容認されるようになってきています.
問題点の第二は出血です.胃潰瘍で血を吐く人がいるように,胃の粘膜から下には小さな血管が多く存在します.以前の方法では血管を焼きつぶしながら切っていくイメージでしたが,ESDでは切る要素が強まっていることと,より大きな病変を相手にするため処理すべき血管の数も多くなっています.このため術中に出血が多く起こります.輸血などが増えたというデータはありませんが出血の予防とその止血処置に時間がかかるようになっています.対策として血管を処理し,出血時もすばやく止血を可能とする止血鉗子が開発されました(図9).
問題点の第三は出血とも関連しますが,ESDでは時間がかかるということです.
以前の金属の輪で切除する方法では切除に要する時間が議論になることはありませんでした.ESDの場合は,8時間かかったなど,大手術なみに時間がかかったという報告が初期にはありました.現在でも慣れた施設で,2cm以下ならば30分以内ですが,切りにくい場所に大きな病変があったり,出血が多く止血に時間を要すると60~120分ほど要します.ESDに用いるナイフにもいろいろな種類が開発されており(図10),状況に応じて使い分けることで時間の短縮が図られています.また,電気を流す装置が進歩し,ナイフの切れ方を機械が制御し,切りたいだけ切れて,余分に切れない,出血を起こさないようになってきています.安全に速く切るために胃の粘膜下に食塩水を注射して持ち上げていましたが,さらに持ち上がりがよくて長時間もつ液体が使用されるようになっています. このように問題点に対していろいろな対策が試みられています.

7.胃がんに対するESDの位置づけ

胃がん治療のガイドラインではESDは新しい治療(臨床研究)となっています.日常診療として示された治療だけでは胃がんの治療成績が格段に上がることはありません.工夫により,多くの人を安全な方法で治すことが新しい治療として試みられています.新しい治療とはいっても科学的根拠と安全性がある程度,確保されています.今後,先ほどの問題点が更に解決され,治療の有効性と安全性が確認されれば2cm以上の粘膜内癌を内視鏡で切除する治療は,標準治療へとなっていくと考えられます.

図  表

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リンクします

図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図10