一般のみなさまへ for citizen

北海道支部

鉄は弱っている肝臓には毒である

新津洋司郎(札幌医科大学第4内科)


【鉄は生命に必須の微量元素である】

地球が誕生してから45億年. 原始的な海の中に最初の生物が発生してから35億年が経過しています. その過程で生物は環境中にある元素のうち、利用出来るものを選択してきました. まず、35億年前に地球上には酸素が存在していませんでしたので生物は無酸素状態で生き延びることを余儀なくされました. しかし、太陽が燦々と降り注ぐ地球上ではその太陽と炭酸ガスを利用して、太陽によるいわゆる光合成を始めることになりました. 光合成を始めると同時に地球上にはその余剰産物として酸素が溜まってまいりました. しだいに地球の温度が冷えて地上が露出するようになると、その地上に多量に含まれていた金属元素のうち、鉄を酸素と同時に利用して生命はその活動を維持するようになりました. つまり、酸素という生命現象に必須の物質をうまく鉄に結合させ、それを生体内で利用するという方法を考えついたわけです. ことに、高等生物では赤血球の中に存在するヘモグロビンに鉄が配位しており、そこに酸素が結合するという形で酸素を様々な組織に運搬するという仕組みを作りました. 一方、組織の中の細胞では酸素を受け取ってそれをエネルギーに変えるという作業が行われます. そのエネルギーに変える場所は細胞の中でミトコンドリアといわれる臓器、小器官でありますがその中にも鉄を利用した酵素群が待機しておりまして、取り込んだ酸素をそれらの鉄酵素郡に結合している鉄に受け渡す形(具体的には電子)で、エネルギーに変えていきます. つまり、鉄と地球の発生に伴って生じた酸素と鉄は生体にとって必須であり、その両者を利用することによって生命は進化してきたと考えられます(図1)[1].

【過剰な鉄は細胞を傷害する】

ところが鉄が何らかの理由で細胞の中に過剰に存在すると、それはたちまち毒性を発揮することになります. 細胞の中では、先ほど申し上げた酸素を利用する反応がありますが、一部利用されなかった酸素がスーパーオキシドとなって存在します. このスーパーオキシドは、そのもの自体もある程度毒ですが、鉄が存在するとOH-ハイドロキシルラジカルに変わり、猛烈な毒性を発揮することになります. 普段、細胞内には余剰な鉄はあまり存在しませんのでこのような反応は容易には起こらないのですが、鉄過剰状態ではそういう危険性が生じます. このハイドロキシルラジカルは細胞の膜やタンパク質やDNA等を傷つけることが知られていますし、一方でアポトーシスという細胞死の反応を促進することを私達は見出しました. いずれにしましても、細胞にとって過剰な鉄は毒物であるということであります. 図2には肝炎ウイルスに感染した肝細胞を例にとって、アポトーシスの起こり方の分子レベルでの反応とそこにおけるハイドロキシルラジカルの関与を示してあります[2].  
 まず、細胞に肝炎ウイルスが感染すると、そのウイルスが産生する自己のタンパク片を認識する細胞性免疫反応が起こります. そのことがアポトーシス反応を引き起こす引き金になっていると考えられます. 次いで、カスパーゼという一連の酵素群の働きで引き起こされますが、そのカスパーゼがうまく働くためにはどうしても活性酸素(ハイドロキシルラジカルやスーパーオキサイドなど)が必要です. その活性酸素の産生に先ほどから述べている鉄が関係してくるというわけですから、結果としてアポトーシスが鉄によって促進されるということになります. このような、細胞の中で起こる現象が本当に生体で見られているかという、いくつかの証拠を次に示してみたいと思います.
 図3には私達が調べたLECラットという鉄過剰ラットについての結果を示してあります. このラットでは体の中に自然に銅と鉄の両方の金属イオンが蓄積してしまう不思議な動物で、生後12週で5割が劇症肝炎を発症します. 生き残った5割は後から述べるような機序で最終的に肝癌を発症して死亡します. その時に、肝臓の中で起こっている現象は先程のアポトーシスであります[3, 4]. 鉄過剰症で肝細胞障害が発症することはラットの実験のみならず、ヒトでも知られておりまして、有名な病気として先天性の鉄過剰症、ヘモクロマトーシスがあります. この病気はアジア、日本では少ないのですが、欧米では遺伝性疾患の中では最も頻度の高いものとされていまして、生まれた時からHFEという遺伝の異常で鉄が過剰に組織中に沈着する病気であります. この人達は、後年になって高い頻度で肝障害や心臓障害、膵臓障害を発症することが知られています[5]. その他にも最近ではパーキンソン病やアルツハイマー病などで脳細胞の一部に鉄が沈着し細胞障害を起こしているということが明らかにされ、鉄がラジカルの産生を介して細胞に障害を与えることが次第に明らかになってきました.

【長期に渡りハイドロキシルラジカルに曝されると、DNAに突然変異が起こり癌化しやすくなる】

先程から述べてきたハイドロキシルラジカルやスーパーオキシドは細胞を傷害して死滅させますがその程度が弱く生き残った細胞では慢性的に活性酸素の毒性に曝されることになります. 慢性に毒性に曝された細胞の中で、特にDNAは長期に渡って傷害を受けますと、突然変異を起こしますが、癌遺伝子や癌抑制遺伝子といわれる発癌に直結した遺伝子にそういう傷がつきますと、つもり重なって癌を発症することになります. 先程述べてきたLECラットで肝癌が発症すること、ヘモクロマトーシスの患者でも肝癌が一般人に比べて極めて発症しやすいことはよく知られております. また、日本の岡山大学の岡田先生や、京都大学の豊岡先生たちはそのことを世界に先駆けて腎癌で実験的に証明し、また、肝炎との関係では山口大学の沖田先生たちのグループが肝炎ウイルスを持ったラットに鉄を付加(過剰に投与すること)で肝癌が発生することを直接証明しています.

【生体は鉄代謝を厳密に調節している】

このように、過剰な鉄は様々な悪さを生体に引き起こしますが、そのことを防ぐために生体は通常鉄代謝を厳密に調節しています. 図4に示すように、食物中の鉄は十二指腸の粘膜細胞を通過して血液の中に入ってきます. この十二指腸粘膜細胞を鉄が通過する部位には、粘膜上皮側にDcytB、DMT-1という二種の分子が、また、基底膜側にはフェロポルチン、ヘパフェスチンの二種の分子が存在し、生体内鉄量が増加するとそれらの発現が低下し、逆に鉄量が減少すると、それらの発現が上昇することで鉄イオンの吸収調節を行っています. その中で特にフェロポルチンについては肝臓から分泌されるヘプシジンというホルモンが負の調節に関っていることも知られています[6].
血液の中の鉄はトランスフェリンという物質に結合して肝臓に運ばれます. そこで一部は貯蔵されますが、多くは肝臓を経由して骨髄に運ばれまして、赤血球の中のヘモグロビン合成に使われます. 赤血球は約120日の寿命をもって脾臓で壊れますので、そこで壊れた赤血球に由来する鉄は再び肝臓へ運ばれて貯蔵され、他の大部分は骨髄でヘモグロビン合成に再利用されます. つまり、肝臓は生体内で最も多くの貯蔵鉄を有しているわけです.

【C型肝炎などでは鉄代謝の調節起序に綻びがみられる】

このような鉄代謝の調節は、C型肝炎、あるいはNASH(非アルコール性脂肪性肝障害)などでは、うまく働かないことが次第に明らかになってきました. 先程述べた肝臓で酸性されるヘプシジンがC型肝炎などでは産性が低下することにより鉄が十二指腸から吸収されやすくなると考えられます. したがって、C型肝炎では元々貯蔵鉄の多い臓器である肝臓にますます鉄が貯まりやすくなることになります. 従って最初に述べたようなラジカル反応が起きやすく、肝細胞障害が起こりやすくなると考えられます.

【瀉血と鉄制限食(低鉄療法)によってC型肝炎の沈静化がはかられる】

鉄が肝臓に悪さをするということはこれまで述べてきたように理解されるところでありますが、肝臓の病気は様々なものが知られているにもかかわらず、なぜC型肝炎についてのみ、瀉血やいわゆる低鉄療法が有効であるかというと、実はB型肝炎、A型肝炎などでは他の治療法がすでに存在するからであります. それに対してC型肝炎では未だに抗ウイルス療法が有効でない症例が3分の1程度に存在するという事が理由であります. またC型肝炎では慢性に続く炎症が肝発癌に直結しているということが次第に明らかにされていることから、炎症を抑えるということの重要性が他の肝障害に比べてより重要になってくるわけで、鉄療法の意義がそこにあるということになります. 言い換えると、B型肝炎やA型肝炎に対してまず抗ウイルス療法を行う事が第一であります. 勿論C型肝炎についてもIFN療法等が有効な症例につきましては、それを優先すべきであります. その後に、それらの治療法が有効でない症例に対して、低鉄療法が考慮されるべきであると考えられます. 低鉄療法の具体的な方法としては、まず瀉血を行うということがあります. 瀉血をすることで一時的に血の中の鉄(ヘモグロビン鉄)が減りますと、骨髄は一所懸命それを補うために造血を亢進させます. 骨髄での造血が亢進すると鉄が骨髄で必要となりますので、その分の鉄を肝臓にある貯蔵鉄から摂取しようとします. つまり、結果として肝臓の中の鉄が骨髄に移動するということになり、肝臓での鉄障害が軽減されることになります. 実際のやり方としては、一ヶ月に一回あるいは二ヶ月に一回、400ccの血液を外来で瀉血をします. ほとんど患者に対する苦痛もありませんし、治療法としては極めて簡単なものであります. 従って昨年から本療法がC型肝炎に対する保険適応となったわけです. 元々この方法の発案者は本邦の林教授であります[7]. 瀉血に際して注意しなければならないのは、あまり瀉血を頻繁に行いすぎて貧血にしてしまうことであります. 従って、私たちはヘモグロビンの値で11以下にならないように瀉血の頻度を調節します. また、もう一つ重要な事は、瀉血をすることで生体内の鉄が一時的に低下する事で、前に述べた鉄調節機構が働いて、食物中の鉄を余分に摂取する方向に向かうことであります. 従って、瀉血療法効果を保つためには食事の中の鉄量を制限しておく必要があります. 具体的には表に示すように、鉄の多く含まれている食物をなるべく摂取しないように指導することでありまして、私共の病院では栄養士さんが積極的にそのような指導をしております. 一日の食物としての平均鉄摂取量を6mg以下に抑えるような指導をしております. この瀉血と鉄制限食との組み合わせによって実際に極めて効率の良いALT、ASTの低下が得られます. 図5をご参照して下さい. このような除鉄療法による肝炎の沈静化については本邦で他施設臨床試験によって、その効果が確かめられている他、諸外国でも多くの報告がなされており、ほぼ諸家の一致した認識となっております. このような低鉄療法が単にALT、ASTを低下させるのみならず、組織生検を組織のレベルで肝臓の繊維化(肝硬変への移行)へも沈静させることが我々の研究によって明らかにされています[8].

【低鉄療法によってC型肝炎の肝癌発症も予防することができる】

C型肝炎でもっとも問題になるのは高い頻度でそのまま肝癌へ移行することであります. 繰り返し述べてきたように、ラジカルに慢性に曝されたDNAには高い頻度で突然変異が起こる結果として癌源性が付与されます. 従って、長年の経過中に肝癌へ移行することが知られています. 私達は十余年にわたって上述の低鉄療法を行ってきた患者群と、それを拒否したいわゆるコントロール群との間で、C型肝炎において明らかに肝癌の発症率が異なることを報告しました. つまり、前者では肝癌の発症が有意に抑制されていたわけであります. 従ってこのような結果は機序として鉄が、そしてラジカルが肝癌発生に関係するということを証明するとともに、除鉄療法の肝癌予防法としての有効性を強く示唆するものであります. これと同様な研究が積み重ねられることによって本療法がより積極的に一般に広く行われることが望ましいところであります.

参考文献
  • 新津洋司郎. 鉄代謝における分子遺伝学的研究の進歩. 日本内科学会雑誌. 2001;89:768.
  • Sato T, Machida T, Takahashi S, et al. Fas-mediated apoptosome formation is dependent on reactive oxygen species derived from mitochondrial permeability transition in Jurkat cells. J Immunol. 2004;173:285-296.
  • 小船雅義, 加藤淳二, 河野 豊ら. 肝炎モデル動物(1)自然肝炎発症モデルとその応用. 分子消化器病学. 2006;3:68-72.
  • Kato J, Kobune M, Kohgo Y, et al. Hepatic iron deprivation prevents spontaneous development of fulminant hepatitis and liver cancer in Long-Evans Cinnamon rats. J Clin Invest. 1996;98:923-929.
  • 小船雅義, 加藤淳二, 河野 豊ら. 鉄過剰症候群の分子病態と新規鉄キレート剤. 分子細胞治療. 2005;4:59-65.
  • Andrews NC. Disorders of iron metabolism. N Engl J Med. 1999;341:1986-1995.
  • Hayashi H, Takikawa T, Nishimura N, et al. Improvement of serum aminotransferase levels after phlebotomy in patients with chronic active hepatitis C and excess hepatic iron. Am J Gastroenterol. 1994;89:986-988.
  • Kato J, Kobune M, Nakamura T, et al. Normalization of elevated hepatic 8-hydroxy-2'-deoxyguanosine levels in chronic hepatitis C patients by phlebotomy and low iron diet. Cancer Res. 2001;61:8697-8702. 

 

図  表 

拡大画像へ
リンクします

図1

図2

図3

図4

図5