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関東支部

大腸がんは生活習慣病―因果の小車

長廻 紘(東京女子医大消化器病センター客員教授)


【はじめに】

日本人の栄養状態がよくなり,寿命が伸び人生80年時代となりました. 光あれば影あり. 影とも言える癌の増加はこの高度文明社会がベースにあります. 多くの病気が取りあえず何とかなるようになってきた現在,ひときわ高く聳えて生命を脅かしているのが癌. その中でも生活習慣の変化,いわゆる欧米化,によって増え続けているのが大腸癌です. 物事には全て因があって果が,原因と結果が,あります. 長い間原因不明として恐れられていた癌も例外ではありません. 生活習慣病. 高栄養・加齢は共にがんの危険因子です. 豊かな食生活とは生活習慣のひとつのパターン. 癌は遺伝子の病気であると共に生活習慣病(life-style related disease LSRD),加齢・年齢を重ねるほど罹りやすくなります.
癌は複雑な過程を経て生じますが,主要な癌の原因をあえて単純化すれば,1)生活習慣病 2)それ以外(ウイルスによる肝癌など)3)1+2(塩分の多い食生活とピロリ菌の複合よる胃癌など)となります. 大腸癌は特殊なものではなく,生活習慣に起因するごく一般的な癌なので,本稿では生活習慣病としての癌について総論的に記し,臓器癌の代表として大腸癌を取り上げます.

【起承転結――癌が生活習慣病であるとは】

癌は恐ろしい病気ですが,訳もなくいきなり出来るのではありません. 人に害を為すのは最終段階で,最初は1個の異常細胞にすぎません. それが細胞分裂を繰り返し,時間(10-20年)をかけて大きくなり,大きくなって初めて病気としての癌(症状があり,生命を脅かす)と言えます. ある特定の細胞内の複数の遺伝子が変化すると,その細胞は癌化のスタートをきります. 最初の異常細胞が生じ,それが最終的に病気としての癌になるまでの各過程で遺伝子に働くのが食生活などの生活習慣が産みだすいわゆる発癌物質,です. 「あなたとは,あなたが食べてきた物そのものです」. 生活習慣病である癌は素材の反乱という面もあります. 生活習慣は入れると出す(飲食・呼吸・性生活),に集約されます. 外部と繋がったところに癌は出来やすいのです.
年齢を重ねることは,癌になりやすい生活習慣を続けた,それだけ多くの生活の付けが遺伝子に貯まった,ということです. 物事の発端・経過・結末を起承転結ということがあります. 癌についても同じ. 起は(悪しき)生活習慣,それを承けて生じるのが遺伝子の異常,両者が合わさっての転が細胞の癌化,結として病苦.
消化器病学会がこのようなHPを載せるのは時代が変わった,やりようによっては癌が必ずしも病苦と直結しないことを示すためです. 即ち起と承はそのまま,転は進行癌ではなく早期癌. 検診による早期発見による治癒・結に繋がります.

教訓1.癌年齢(50歳以上)では,全ての人が癌になってもおかしくない.
例外はない. 勿論あなたも.

【癌の予防】

似たような生活習慣でも癌に罹る人とそうでない人が,タバコを吸っても癌になる人とならない人が,あります. 癌は生活習慣と遺伝子の変異が必要条件. 癌は総論的には分かって来たものの,各論的には未だ不明な点が沢山あります. 寝ている癌関連遺伝子を起こして走り出させるのは,悪しき生活習慣だけでしょうか. 誰がどこ(胃・大腸・乳房など)の癌になるかは,なってみるまで判りません. 癌に関連する遺伝子は沢山あると言われています. その変化も一定の順番であることが必要で,単なる足し算(遺伝子何個が変異すると癌化する)ではありません.
癌も受精卵と同じように最初は1個の細胞で,それが分裂を繰り返し大きくなっていきます. 妊娠の原因は分かっていますが,同じ原因でも結果があったり無かったり. それと同じく,似たような生活を続けていても,人によって癌になったりならなかったり. 受精は両性接触の結果で,10ヶ月たって赤ちゃんが生まれます. あるはずのものが無い悪阻が有る等といったことから,よかったあるいはしまったとなります. それに反して癌は最初も途中も全く不明です. ある時,一個の異常細胞が誰にも気づかれることなく出来て,10年以上が経って始めて固いものが外からでも触れる. そこでしまった. これは正しくシマッタで,症状が出て仕舞ってからでは治療が大変です.
多くの研究者の努力で癌になりにくい生活法(必要条件の排除)が段々分かってきました. WHOや国立癌センターが癌を予防する為の生活法を示しています. しかし,癌を積極的に予防することは今のところ不可能です. 癌化の十分条件が分からないからです. でも,対必要条件の努力だけでも随分違うはずです. 癌にならない(予防),は宝くじに当たるほど難しいと心の何処かで達観して,予防に注ぐエネルギーを検診に. 早く見付けて治す. なってみないと分からないなどと呑気なことを言っていないで元気な時の検査.
対策とは,自分の生活習慣をかかりつけ医と良く検討して,どこの癌をターゲットとすべきかを考えることです. 無症状時に検査すれば,癌が有っても早期癌として見つかり,内視鏡で体を傷つけずに治すことが出来ます. 無ければ,無駄だったではなく安心が得られます. 早く癌の声を,鳴かない蝉の声を聞く.

教訓2. 自分の弱点(どこの癌になりやすい)の自己判断は危険. かかりつけ医と検討する.

【蝉が鳴いてからでは遅い】

蝉は幼虫の時には土の中でじっとしていて,7年後の夏,地上に出て鳴いて死んでいきます. なすべき事は為した,もう死んでもいいと思うと蝉は鳴き,程遠からず死んでいきます. 癌も,大きくなつて色々な武器(組織学的により悪性化,転移能など)を手にする・鳴ける,まで静かにしています. 癌は賢い病気です. 力不足の時に騒いで退治されるような愚かな行動はいたしません. 癌が鳴く,すなわち症状が出た時,今度はその声を聞いた人の番です. 蝉が鳴くのは良いとしても,癌は何のために育ててもらった人・病人を苦しめるのでしょうか. 生活習慣病と言うところに鍵がある,人生の落とし前,かもしれません.

【はナゼ治せるようになったか------声なき蝉の声を聞く】

癌が治せるようになったのは症状の出る前に診断する方法が開発されたからです. それほど遠くない過去に於いて癌は死と殆ど同義語でした. 症状が出るまで・鳴き声が聞こえるまで診断出来なかったからです. 見つかった時は手遅れ. 時代は変わりました. 癌が出来ることは昔と変わりないどころか,より多くなっています. しかし,医療が進歩して,賢い癌と対抗できるようになりました.
地の中にいる蝉の幼虫,鳴かぬ蝉,の声を聞く. 「隻手の音を聞く」と言う表現があります. そんな声が聞こえる筈がないとの冷笑に抗して,癌の声を聞こう早く見付けよう,との努力が実を結んだのが胃カメラです. 胃の中を見ることが出来なかったから胃癌は大きくなって外から触れるまで分かりませんでした. なんの症状もないうちに胃の中を見ようとしても方法がありませんでした. 鳴いていない癌・早期癌を見付ける. 治らぬ癌を治るように,地獄から天国へ橋を架けたのが胃カメラ.
胃で正しいことは体中で正しい,勿論大腸でも. 各臓器で早い時期の癌が確かに有ることが分かり,それらを見付けることが出来るようになりました. しかるべき年齢になったら,癌が密かに発している声を聞かねばなりません. あなたの他に誰が聞くのでもありません. 代理人(医者)に聞かせる. 検診です. 転ばぬ先の杖は早期に発見することで,内視鏡の他にCT,MR,PETなど方法は幾らでも有ります. 早期癌の治療は容易.

【探査機を手に】

生活習慣病の面からは,ある臓器のある細胞に癌が出来たと言うことは,他の細胞も多かれ少なかれ同じような環境にある,その臓器全体がひいては身体全体が癌に近づいてきた,ことを意味します. 大腸で典型的ですが,癌には多発という問題があります. 同時にあるいは時間をおいて(異時),同じ臓器にあるいは別の臓器に癌が出来る. たとえば大腸に癌ができて内視鏡や外科切除で治っても,それで終わりではなく,残った大腸あるいは全く別の臓器(胃,肺,乳房など)に次の癌が出来ることがあります. 癌が治せるようになって生じた新たな問題です.  
現代文明の恩恵を受けている限りは「癌という名の地雷が埋まっている道(Field Cancerization)」を歩くのが人生. 地雷原を歩かざるをえない以上素足でなく,地雷探知機(検診)を手に歩く. 癌に罹るのはやむを得ないとしても,命を落とさない路はあります. 元気な時の検査(検診). 癌は手術によって治せると思っていらっしゃるかも知れませんが,極端に言えば,担癌者は前記の如く身体全体ががんになりやすくなっているのでAと言う癌が治せてもB,C,Dと次々に発生する可能性があります. ある生活習慣はある特定の癌だけと関係があるというより複数の癌とも関係します. そこがLSRDである癌の怖いところです. どこに埋まっているか分からない地雷原.

教訓3.元気だから癌ではない,という考えは甘い. 賢い癌相手にはこちらも賢く立ち回ろう. 癌は待っている病気ではない. 探しに探して見つけ出す病気. 癌が鳴かない(無症状)うちの検査.

【癌の治療】

癌治療の原則は根こそぎ取り去ること. 少しでも残ると再発します. 治療法は1)物理的除去(内視鏡・外科手術)2)放射線照射 3)抗がん剤投与などが主なものです. 癌の出来た場所・進行程度などを総合して治療法の選択・組み合わせ,がなされます. どの方法でも徹底的にやれば癌を退治できます. 問題は癌より先に病人のほうが参ってしまう,いわゆる副作用. 同じく癌と言っても早いほど副作用が少なく治しやすいのです.
色々な治療法やそれ特有の副作用があるので患者さんの意見・希望が重視されます. 医療側と臆せず自分が主張できる・対等に渡り合える人間力の養成も生活習慣と思います.

【大腸癌】

大腸にできる癌です. これまでの総論的な記述は全て大腸癌にも当てはまります. 大腸癌は乳癌と並んで豊かな食生活(高脂肪・高カロリー食)がもたらす癌の代表です. 高脂肪食(代表が牛肉)が発ガン促進的に,逆に繊維の多い食物は抑制的に働きます. 食べた物が消化管を通り消化される過程で発ガン物質に変化します. 大腸癌はこのように大部分が生活習慣病ですが,まれに潰瘍性大腸炎などの慢性炎症に続発するものや遺伝性のもの(家族性大腸腺種症)もあります.   
教訓4,美味しいものは,ほどほどに.  
 大腸癌の形は初期にはイボ状いわゆるポリープ()で,大きくなると崩れて潰瘍()を作ってきます. 癌は出来てから大きさ,形,悪性度などを変えつつ段々癌らしくなっていきます(多段階発癌). すなわち小さなポリープ(良性腺腫)が大きくなっていくと同時に悪性化(悪性腺腫)し,遂には崩れて潰瘍を作ります(進行癌). 始まったら最終段階まで行くのではなく,悪しき(大腸癌が出来やすい)食生活を断てば,必要な遺伝子変化が起こらずこの流れを中断できます. このボーゲルスタイン説は,内視鏡的に各段階の病変を見ることが出来る大腸で最初に分かりました.
大腸癌の症状は血便. 潰瘍化するまで症状・出血はありません. さらに進むと腸がつまります. 大腸癌を見付ける検査は,まず便を調べて目に見えない血液が有るか無いかを見ます(便潜血反応). 陽性なら癌が出来ている可能性がありますが,あくまでも可能性です. ある時陽性でも次回陰性だと助かったと誤解して喜ぶ人があって困ります. 潜血反応はあくまでも入り口にすぎず,陽性陰性で一喜一憂する類のものではありません. 癌があっても陰性になることがあるので,複数回調べて一度でも陽性なら,次は癌の可能性がどの程度かの検証・コロノスコピーに移ります. この検査で癌が無ければ陽性反応は癌によるものではなかった,ということになります. そこで始めてよかった.
コロノスコピーは内視鏡で大腸内面を隈無く観察する検査です. 肛門からカメラを入れる検査なので日本人は心理的に抵抗があるようです. しかしそんな詰まらない理由でみすみす痛い目に遭う(癌の発見が遅れる)ことはありません. 敬遠さえしなければ,大腸癌の発見は容易です.
早期・イボの時には内視鏡で簡単に取ることが出来ます. 進行癌は外科的切除. 大腸は生命維持に必須ではないので,治療上必要なら全部切除できます. すなわち外科治療による治癒率が高い癌です. しかし肝臓や肺などに転移すると,治療は大規模かつ必ずしも成功するとは限らなくなります. 大腸癌のうち直腸癌は手術によって神経に損傷すなわち勃起や排尿に障害が生じる可能性があります. 大腸癌には放射線や抗ガン剤は今のところさほど効果的ではありません. 大腸癌による死亡者は年間3-4万人で胃癌とほぼ同じで,女性に限ると最多です.

【健康――浄土は恋しからず】

「生命を大切に」という人は多いが,「あなたの方がもっと大事」と言ってくれる人がいればガンとも戦える. 生活習慣とは美味しいものを食べタバコを吸う,といったことだけではなく,あなたが大事と言ってくれる人を作ることも意味します.
因果は巡る小車とか. 癌はいやだと言っても生活習慣(因)だから罹って(果)しまう. 時代は変わりました. 思いのまま暮らしてきた結果で仕方がない,と観念することはありません. 廻る因果から検診によって離脱しましょう. 誰でも口を開けば浄土を願いますが,浄土教の親分親鸞ですら「久遠劫より今まで流転せる苦悩の古里は捨てがたく,いまだに生まれざる浄土は恋しからず候(歎異抄)」. どんなに苦しくともこの世が良い. 検診でこの世に止まりましょう. 起承転結の転を転がして早期治療に変えましょう.
求めても得られないのが健康. 健とは人が建(立),康とは心が安らかなこと. 立つのは歩くため. 歩くとは止ること少なしと書きます. 止まると心が騒ぎます. 歩けて心が騒がない状態が健康です. 健康で明日も元気に目覚めたい,と寝床につく日々.
拙文がそういったご希望にいささかでもお役に立てばと念じつつ筆を置きます.

 

図  表 

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図1

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図3