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関東支部

生活習慣病とがんを予防する食生活

香川靖雄(女子栄養大学 副学長)


がんを含む生活習慣病は図1のように国民医療費の3割、特に高齢者では約5割を占める大きな問題です。これらの病気は数十年という長い期間に次第に重くなって行きますが、図2示すように、その危険因子である肥満、高血圧、高血糖、脂質代謝異常、あるいはがんの元になる細胞変異や初期がんには何の苦痛もないので放任されやすい点が問題です。しかしやがて、心筋梗塞、脳卒中や発達したがんで大変な激痛が起こり、重い障害を残します。図3のように、日本人の死因の約3割はがん、それに脳血管疾患と心疾患を合わせると約3割にも増加してきました。そこで、これらの病気を防ぐために、これから述べる正しい生活習慣を身につけると同時に、毎年検診を受けて、気づかない危険を早期に発見して予防しましょう。図4に示すように最大の死因であるがんは患者が300万人、亡くなる方が年間32万にも達していますが、がんで亡くなる方の年齢は50-60歳台と他の生活習慣病や高齢者の感染症に較べて早く、幸福な家庭の大黒柱を失うことになるのです。男性では肺がん、胃がんの順に多く、女性では胃がん、大腸がんの順ですが、特に女性の40歳台の死亡が集中するのが図5に示す乳がんと子宮がんで、多くの不幸を招いているのです。がん検診は、その有効性が確かめられていて、早期発見で助かる率が高いのです。また、検診の重要性、安全性も確かめられており、経済性も公的な集団検診では十分に考慮されています。残念なことに、欧米では受診率が100%近い乳がん、子宮がんの検診が、日本では20%に満たないのです。

【がんと生活習慣病は予防できる。】

図6に示すようにがんの大きな原因は食物(胃がん、大腸がん、乳がんなど)、タバコ(肺がん、喉頭がん、食道がん)、ウイルス感染(子宮頸がんのパピローマウイルス、肝がんのB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス)が大きな原因とされています。これらの原因に対して、野菜を含む食生活の改善や禁煙でがんに罹る人も亡くなる人も欧米では大幅に減少しました(図7)。がんに罹る人が減ったということは、がんの手術成績が向上したと言うよりもがんの予防に成功したのです。米国での生活習慣病とがんを予防する政策はヘルシー・ピープル2000とよばれていますが、その結果を図8に示しましょう。全てのがんの死亡率については、目標値の実に250%の減少を達成したのです。その内訳をみてみますと欧米人に極めて多かった肺がん、乳がん、大腸がんの全てが目標を達成した濃い緑の棒で書かれています。ただ、子宮頸がんは目標の33%しか減らせませんでしたが、この70%の原因は乳頭腫ウイルス感染です。米国のメルク社は乳頭腫ウイルス(16型、18型等)に対する4価ワクチン“Gardsil"を作製し、五千人の女性に投与し発病はゼロ、投与しなかった5千人からは21人が発病したのです。日本に多いB型肝炎ウイルスのワクチンもでき、C型肝炎ウイルスにもインターフェロンとリバビリンの治療が有効です。胃がんの大きな原因はピロリ菌感染で、高齢者の7割に感染があります。ピロリ菌はまず胃潰瘍や慢性胃炎の原因にもなりますので、除菌しましょう。これらの肝炎ウイルスやピロリ菌は簡単な血液検査で感染の有無が判ります。
また、米国をはじめとする40を越える国では、穀類に強制的に葉酸を添加するという思い切った政策を断行して、乳癌、大腸癌などが減ったのを始め、障害児の出生数、心身に重い障害を残して寝たきり高齢者の第1の原因である脳卒中も大幅に減ったのです(図9)。がんが減ると同時に米国人の最大の死因である心筋梗塞も減りました。これらは野菜摂取増加、脂肪制限、適正体重維持と禁煙が大きな原因です。
このようなヘルシー・ピープル2000運動の成功に倣って日本でも、がんを含む生活習慣病を防ぐために、平成12年に食生活・運動を中心とした「健康日本21」政策がスタートしました。しかし、1日350gを摂ると目標にした野菜を始め、豆類、乳類などの摂取は減りました。歩行数も減り、中高年男性の肥満頻度は24%から29%に増えて目標の15%から遠ざかってしまいました。図9に示すような葉酸強化は日本では計画されていません。また、欧米の予防活動での重要な柱である成人の禁煙は、利権を保護する各省庁の反対で健康日本21では目標から削除され、タバコ1箱も僅か270円と欧米の値段の2分の1から3分の1に保たれています。そのために、図7の下に示すように日本ではがんは減っていないのです。

【メタボリックシンドロームを防ぐ】

平成20年からメタボリックシンドロームの予防・治療を目的とする特定健診・特定保健制度がスタートしました。境界領域を含む糖尿病患者数が実に1870万人に増えるなどメタボリックシンドロームの段階での予防が極めて大事なのです。従来から内臓肥満にしばしば、高血圧、高脂血、高血糖が伴うことが知られていましたが、これらの各危険因子が比較的低値でも、同時に起これば循環器疾患の発生頻度が著しく高くなります。そこで、今までのBMIや皮下脂肪厚という肥満評価を、危険度が高い内臓肥満の指標である腹囲にかえて、他の危険因子と併せてメタボリックシンドロームで評価することになりました。
メタボリックシンドロームというのは、(1)腹囲 男性85cm以上、女性90cm以上という必須条件に加えて、(2)血圧が130/85mmHg(最高/最低)以上、(3)血清脂肪150mg/dl以上かHDLコレステロール(善玉コレステロール)40mg/dl以下、(4)空腹時血糖110mg/dl以上の(2)(3)(4)が2つ以上重積した状態です。この状態では循環器疾患の発症の危険度が、危険因子を持たない人の約31倍となります。血圧は従来の高血圧(140/90mmHg)ではなく、正常高値(130/85mmHg)に、血糖も糖尿病の基準の126mg/dlでなく110mg/dlに設定されている点に注意してください。
メタボリックシンドロームの根底にある内臓肥満は簡単には腹囲ではかるのですが、正確には図11のようにCT(電算機断層撮影)で内臓肥満部位の面積が100cm2以上の場合を指します。メタボリックシンドロームとその予備群は実に中高年男性の半分、女性の2割もいるのです。メタボリックシンドロームの根底にはインスリン抵抗性があって、高脂肪食でメタボリックシンドロームを経て糖尿病が起きます。驚くべき事に最も正確な追跡研究で知られる九州大学の久山研究では、胃がんも認知症(図12)も糖尿病の方が極度に罹りやすいのです。つまり、がんや認知症を防ぐ生活習慣とメタボリックシンドロームを防ぐのは同じ事なのです。

【1キロカロリーは1円で平均1g:腹囲1cm減は体重1kg減】

これはメタボリックシンドロームの予防治療に覚え易い目安として、私が女子栄養大学栄養クリニックで教えている目安です。安い日本の食物はおにぎりでもソバでもリンゴでもマクドナルドのハンバーグでも1円がほぼ1kcalですからエネルギー計算は素人で可能です。また、和食は平均すると1gが1kcalですから、洋食の1gが1.7kcalに較べて肥満しにくいのです。一般に流行している数多くのダイエット法は急激な減量は、筋肉を分解して、脳にブドウ糖を送ろうとします。そうすると筋減少によってエネルギー消費量そのものが減ってしまい、体重の再増加(リバウンド)が起こって失敗するのが普通です。そこで、1月に腹囲1cmのゆっくりした減量計画を立てます。腹囲1cmの減少は体脂肪1kg、すなわち7200kcalに相当します。これは1日に240kcal=ご飯1.5杯または6000歩に相当します。運動を少なくするエネルギー制限は筋肉を減らして良くありませんから、エネルギー制限と運動増加の両者を半々にして、軽く御飯一杯分の減食120kcalと3000歩の増加なら実行可能です。現在の腹囲と基準値(男85cm、女90cm)の差から何ヶ月で目標にたっするかの心構えを持ち、体重と血圧を毎日測りながら減量、減圧を楽しく進めましょう。
ある食べ物を食べれば健康になるという単品栄養主義が今の健康ブームの目玉ですが、そのために栄養のバランスが悪くなり、足りない栄養素を補充するために多く摂取して肥満してしまいます。日本肥満学会の「肥満治療ガイドライン」に従うのがよいのですが、数十の栄養素を推奨量、目標量だけ摂ることは容易ではありません。そこで、女子栄養大学では栄養バランスを実行しやすい4群点数法(1群=乳卵、2群=肉魚豆、3群=野菜果物、4群=米、パン)で指導します(高校では4群法といいます)。第1,2,3群は毎日3点づつ(1点80kcal)摂り、活動と肥満度に応じて4群の量でエネルギーを調節します(図13)。野菜は1日350g、豆は100gの摂取とし、米は多く油、砂糖を優先して減らします。4群点数法には1日1万歩程度の運動も伴います。その結果、図14のように内臓脂肪が減り、高血圧、高脂血、高血糖が改善され、肥満再発(リバウンド)が起こらないのです。生活習慣病予防の効果は数十年の経過を観察する必要がありますが、4群点数法を身につけた人は平均23年後にも大きな予防効果が確認されています。

【がんは遺伝子が傷ついて増殖が止まらない細胞です。】

ここで少しがんはどうして起こるのか考えてみましょう。がん(正確には悪性腫瘍)は、遺伝子に傷が付き、細胞が正常な分裂のコントロールを失うために起こると考えられています。体内で細胞が感染や外傷などで失われると、増殖して、失われた細胞の数を補充します。しかし、がん細胞ではこの増殖が止まらなくなった状態になるので、周りの細胞とは関係なく、大きくなります。本来、正常な細胞には増殖するための遺伝子があり、これは自動車にたとえれば増殖のアクセルです(図15)。がんを引き起こす「発がん遺伝子」は増殖のための遺伝子が壊れてアクセルが止まらないのです。その上に細胞増殖を抑制するブレーキに相当する「がん抑制遺伝子」もがんでは壊れて、増殖が暴走するのです。これらの遺伝子の変化は少しづつ発がん物質の作用で起こって行きます。ご存じのように、ヒトの遺伝子は両親から受け継いだ1対があるので、図16のようにがん抑制遺伝子が1つ壊れても、もう一つは残っているのですが、残る一つが破壊されるとがんに進みます。

【食品中のがん原物質にはイニシエーターとプロモーターがある。】

がんを起こす物質にはイニシエーターとよばれる遺伝子異常をおこさせる物質(変異原物質)と、プロモーターと呼ばれるがん細胞の増殖を促進させる物質があります。遺伝子を傷つけてがんを起こす事をイニシエーションといい、がん細胞の増殖を促すことをプロモーションと呼びます。イニシエーターには 喫煙や焦げた食物のタール、さらに乳頭腫ウイルスや肝炎ウィルスがあります。今度、有毒な事故米の不正販売で有名になったカビのアフラトキシンは天然では最も強いイニシエーターで恐れられているのです。いま、健康食品では活性酸素を防ぐ物質が盛んに宣伝されていますが、活性酸素もイニシエーターでそれを作る放射線や紫外線にもイニシエーションのはたらきがあります。図17には活性酸素の働きが示してあります。活性酸素は体内で殺菌などにも必要な物質ですが、これが多すぎるとがんだけでなく、動脈硬化を促進し、老化や生活習慣病を進展させるのです。ビタミンEやビタミンCを始め、トマトの赤い色のリコピンやチョコレートや赤ワインのポリフェノールは活性酸素を分解してがんや生活習慣病を防ぎます(図18)。
一方、プロモーターには 公害物質(PCB)や農薬(DDT・BHC)・高塩分・タバコ・高塩分・人工甘味料・などが知られています。このプロモーターを防ぐビタミンがビタミンAです。慢性骨髄性白血病などはビタミンAから作られるレチノイン酸だけで治ります。
がん細胞の増殖のスピードから逆算して、1個のがん細胞が発生してヒトを倒すまでに15~30年の時間がかかると考えられています。その間にだんだんとイニシエーターとプロモーターが働き、さらにがんを悪化させるプログレッションという作用もあって始めて目に見えるがんになるのです(図19)。これらの事から胃がん予防を例にとってしめしたのが図20です。野菜摂取、ピロリ菌除菌をはじめこれから述べるがん予防12ヶ条に合致するものです。
最後に、生活習慣病を防ぐために政府が発表した食生活指針とがんを防ぐ12ヶ条をお目に掛けます。生活習慣病を防ぐのとがんを防ぐのは大体同じ食生活に変えれば良いことがお判り頂けるでしょう。

【生活習慣病を防ぐ食生活指針】

1.食事を楽しみましょう。
2.1日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを。
3.主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを。
4.ごはんなどの穀類をしっかりと。穀類を毎食とって、糖質からのエネルギー摂取を適正に保ちましょう。
5.日本の気候・風土に適している米などの穀類を利用しましょう。野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて。
6.食塩や脂肪は控えめに。
7.適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を。
8.食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も。
9.調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく。
10.自分の食生活を見直してみましょう。

【がん予防の12ヶ条】

1.バランスの取れた栄養を摂る。女子栄養大学の4群(点数)法が判りやすい。
2.毎日変化のある食事を摂る。どの食物にも異なった発がん原因が少しある。
3.食べ過ぎを避け、脂肪を控える。乳がん、結腸がんなどは脂肪過剰や肥満が危険。
4.お酒はほどほどに。1日にアルコール20gまで。ビール中瓶1本、日本酒1合
5.たばこは吸わないように。特に若い人は肺がん、喉頭がん、食道がんが危険。
6.緑黄野菜を十分に摂る。食べ物からビタミンと食物線維を摂る。
7.塩辛い物、熱い物を避ける。特に食道がんを予防する。
8.焦げた部分は食べない。焦げた部分には発がん物質が多く出来ている。
9.カビの生えた物は食べない。カビには強い発がん物質を作るものがある。
10.日光に当たりすぎない。紫外線は遺伝子を破壊して皮膚がんの原因となる。
11.適度なスポーツをする。運動不足の肥満と過剰運動の活性酸素は共に危険。
12.体を清潔に保つ。皮膚がんや性器がんは垢が貯まった部位に起こりやすい。

以上の他に、必ず検診で早期発見をしましょう。こうしてがんと生活習慣病を予防して働き盛りの中高年を安心して有意義に過ごしましょう(図21)。

 

図 表 

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図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図10

図11

図12

図13

図14

図15

図16

図17

図18

図19

図20

図21