一般のみなさまへ for citizen

関東支部

ピロリ菌を除菌して健康な胃を取り戻そう

高橋 信一(杏林大学医学部第三内科)


 最近,ピロリ菌という名前を良く耳にすると思います.この菌は胃の中に棲んでおり,最近いろいろな病気と関係していることが判ってきました.特に胃潰瘍や十二指腸潰瘍,いわゆる消化性潰瘍が再発してくる原因菌として注目されております.この消化性潰瘍は日本人に多い病気で,一旦治りはするものの大変再発しやすい病気だと言うことが知られております.治ったあとも薬を飲み続けないとその後半年間で約7割の方にまた潰瘍が再発してくると報告されております.ところがピロリ菌を除菌する事により,この再発がほぼ完璧に押さえられる事が明らかとなりました.長い間潰瘍で苦しんでおられた患者さんには大変な朗報です.その後の検討で,ピロリ菌は消化性潰瘍だけでなく,萎縮性胃炎や胃の悪性リンパ種,さらには胃癌とも関係している事が強く疑われ,現在では新聞や雑誌,テレビ・ラジオでも取り上げられ広く知られるところとなりました.そこで今回はこのピロリ菌について判りやすくお話しいたしたいと思います.

【なぜ長い間発見されなかったのでしょうか?】

 実は,イヌ・サルなどの動物の胃の中に,ラセン型をした細菌が存在することを最初に報告したのは,1893年のビッゾゼロという方です.そしてヒトについての報告は1906年のクレニッツが最初で,ずいぶん昔にすでにその存在が知られておりました.しかし胃の中は酸度が高く,とても細菌が住めないと考えられ,その後はピロリ菌の存在は無視されてきました.ところが1979年,オーストラリアのPerthにありますPerth Royal Hospitalの病理医Warrenが,胃の粘膜の上に存在するラセン菌に注目し,本菌が存在する所に決まって胃炎が認められることに気づきました.素晴らしい洞察力です.このラセン菌が胃炎の病原菌ではないかと考えたわけです.彼は幸運にも当時,同じ病院の消化器内科の研修医であったMarshallと共同研究をすることとなり,胃の組織から本菌の分離培養に成功しました.1982年の4月のことです.幸運も味方いたしました.イースタの休日のため,偶然にも培養時間が通常より延びてしまい,それがもとで菌が生えて来たのです.これがピロリ菌時代の幕開けでした.始めは半信半疑であった研究者達も基礎的,臨床的検討から,本菌といろいろな胃・十二指腸疾患との関連が明るみに出るにしたがって注目するようになり,現在では世界的に研究が進められてきております.そして2005年にはピロリ菌発見者のWarrenとMarshallに対し,その功績をたたえノーベル賞が授与されました.

【ピロリ菌の名前の由来は?】

 ピロリ菌は正式にはヘリコバクター・ピロリと呼ばれます.ラセンを意味するヘリコ(ヘリコプターのヘリコです)と細菌を示すバクテリア,それでヘリコバクターです.そして初めて発見された胃の出口付近をピロラスと呼びますが,ここからピロリ,合わせてヘリコバクター・ピロリと命名されました(図1).

【ピロリ菌はなぜあの強い酸の胃の中で生存できるのでしょうか?】

 ピロリ菌はラセン型の細菌で,菌体の端に複数の鞭毛を持ち,それを回転させて,ちょうどコイルのような運動を示します.図2はピロリ菌の電子顕微鏡写真です.軽いラセン形で頭部の鞭毛がわかります.胃の粘膜の上には薄い粘液の層があり,これによって酸や消化液より自分自身を守っています.本菌は実はこの中性の粘液の中に生息し,一部は粘膜上皮に強く接着しています.すなわち胃酸の高い場所にはいないのです.図3は胃の粘膜上の3匹のピロリ菌です(矢印).しっかりと粘膜に引っついていますね.また,本菌が酸に大変弱い事もわかっております.つまり,ラセン形でしかも何本もの鞭毛を持っているのも,粘調な粘液の中での素早い運動に適しているわけです.ピロリ菌は大変素早い動きを示します.この粘液中に生息していることで,実は除菌薬がなかなか到達せず,また感染診断も難しくなっているわけです.本菌の除菌に三種類もの薬剤を併用しなければならない理由もここにあります.
 さらにピロリ菌は生化学的な特徴として強力なウレア−ゼ酵素活性を示します.このウレア−ゼという酵素は,たいへん効率よく胃の粘液中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解します.つまり菌体の外側に弱アルカリ性のアンモニアのバリアーを作り,それにより胃酸から自身を保護しているのです.アンモニアの傘をさし,酸の雨から自身を守っているわけです(図4).なかなか賢いですね.このとき産成されたアンモニアが同時に胃粘膜を傷害するピロリ菌の病原因子の一つであることもわかってきました.このようにいろいろな形態的,あるいは生化学的な特徴により,ピロリ菌はあの過酷な強酸の胃の中でも生存することができるのです.それにしてもわざわざ悪環境を好んで生息する,なんともヘソ曲がりな細菌です.

【ピロリ菌はどのように感染するのでしょう?】

 わが国のピロリ菌の感染率について,10歳以下では極端に陽性率が低く,高齢者ほど感染率が上昇し,諸外国と比較すると10歳以下では先進国型,40歳以上では発展途上国型を示しています.ピロリ菌の感染は主に小児期に成立するため,小児期に環境が悪い時期を過ごした高齢者にその感染率が高いわけです(図5).今後は,環境衛生の整備により,欧米なみに感染率が低下することが予想されます.ピロリ菌は酸素の薄い環境を好む細菌で,普通の大気や乾燥には弱い事が知られております.そしてピロリ菌は自分の廻りの環境が悪化すると,らせん状から球状に変化することにより身を守ります.つまり胃から糞便などに紛れて自然界に出たとしても,球状に変化し,一定の条件ではすぐには死滅しないわけです.この球状菌が感染源となります.現在,いろいろな感染経路が考えられており,水,食べ物,手指などへのピロリ菌の汚染がこれらに関係していると考えられております.そして現在では,わが国における感染のほとんどは口から口への家族内感染です.

【ピロリ菌はどのような病気と関係してますか?】

 ピロリ菌に感染すると胃粘膜に胃炎が生じます.そして,それが持続すると慢性胃炎となります.この粘膜から色々な病気が発症してきます.
 2009年ピロリ菌の専門学会である日本ヘリコバクター学会から「ピロリ菌感染症」の診療ガイドラインが発表されました.それによると,状況が合えば,ピロリ菌に感染している方は全て除菌すべきとされました.すなわち小児期に感染し,その後長期に感染が持続することで表1に示される多くの病気が発生してきます.その発症を予防するために除菌が勧められました.
 しかし,問題は健康保険の適用は胃潰瘍,十二指腸潰瘍だけということです.その他の病気は自費による除菌となります.診療の実際と保険適用が異なることは大変困ったことで,早急な改善が望まれます.

【ピロリ菌の検査には何がありますか?】

 ピロリ菌の感染診断は除菌治療を受ける方のみに行われます.6種類の検査法が保険適用となっております.まず内視鏡を飲んで頂いて,胃の組織を採取し,それを使って,培養をしたり,染色して顕微鏡で調べたり,さらに特殊な検査キットでウレアーゼ活性を調べる迅速ウレアーゼ試験があります.また胃の組織を用いない方法として,特殊な尿素を内服し,その前後の呼気を調べる尿素呼気試験,血液や尿中のピロリ菌抗体を測定する方法,さらに糞便中のピロリ菌の抗原を測定する方法があります.これらのうちの一つを選んで診断しております.

【ピロリ菌の除菌はどのようにするのでしょう?】

 ピロリ菌の除菌治療は,胃酸分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬に抗生剤のアモキシシリンとクラリスロマイシンを1週間同時に内服する3剤併用療法が保険の適用となっています.いずれも常用量かその2倍量を1日2回に分けて内服して頂きます.3種類の薬剤を複雑に内服する為,正しく内服する事が重要です.よく質問されますが,除菌治療に伴う副作用については,最も多いものが下痢や軟便で,そのほか味覚異常,口内炎,皮疹などがあります.いずれも軽症な事がほとんどですが,内服を開始する前に,よく主治医からご説明を受けて下さい.ここで問題となるのは除菌率です.保険で除菌療法ができるようになった2000年の頃には90%程度の除菌率であったのが,最近では80%前後まで低下してきており,その理由の一つとして,薬剤耐性菌の増加が挙げられています.とくにクラリスロマイシン耐性菌の増加が問題となっており,耐性菌の場合除菌率は極端に低くなります.そこでより有効な除菌法の開発が進められております.
 さあ,ピロリ菌を除菌して健康な胃を取り戻しましょう.

図  表 

拡大画像へ
リンクします

図1

図2

図3

図4

図5

図6