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東北支部

消化器癌の化学療法

吉岡 孝志(山形大学臨床腫瘍学)


【はじめに】

 抗がん剤治療というと副作用ばかりが強くて効果が期待できないというイメージを持たれている方が多いと思います。10年ほど前までの癌化学療法の治療成績をお示しします(図1)。白血病や悪性リンパ腫といった血液のがんは、抗がん剤で治ることのあるのですが、肺癌や消化器癌は抗がん剤の効果の期待できない癌に分類されていました。しかしながら、最近の新規の抗がん剤の導入により、がんの薬物療法は飛躍的に進歩しています。消化器癌の分野におけるがん薬物療法についても同様の状況で、現在では手術・放射線療法とともに消化器癌治療の3本柱の一つになってきており、この3つの柱をうまく組み合わせて集学的治療を行うことで、消化器癌治療成績の向上が図られています(図2)。消化器癌の化学療法の最新の状況をご紹介いたします。

【胃癌の化学療法】

手術できない進行胃癌例や、手術をしたものの再発や転移をきたして手術では治療できない状態になった胃癌例には、抗がん剤治療が第一選択として行われてきました。しかしながらその治療成績は、100人の方のうち50人目が亡くなるまでの期間を生存期間の中央値と言いますが、その生存期間の中央値(以後「生存期間」)は1960年頃に世の中に出てきた5フルオロウラシル(5FU)という注射薬単独で治療した場合の10カ月が最長でこれを超える治療法は21世紀に入るまで出てきませんでした。
しかし、20世紀末になりティーエスワン(TS-1)という内服薬やイリノテカン・タキソール・タキソテールといった点滴のお薬など、それぞれ単独でも胃癌に対して効果を示す新薬が開発されました(図3)。特にTS-1というお薬は飲み薬ながら単剤で胃癌の大きさを半分にしてその状態が1カ月続く確率(奏効率)が45%と非常に高く、胃癌治療における画期的な治療薬として注目をされました。
TS-1は、体内で5FUに変換されるテガフールという薬剤と、5FUを肝臓で分解してしまう酵素を阻止する薬、消化管で5FUを代謝して副作用のもとになる酵素を阻止する薬を混ぜ合わせた薬で、言ってみれば内服した薬が5FUとして効率よくがん細胞に集まるように設計された薬です。まず厚生省の研究班において、TS-1が生存期間で5FUに劣らない治療成績を示せるかどうか検討する臨床試験が行われ、その事が証明されました。5FUは注射剤でTS-1は内服薬なので、同じ治療成績なら外来で使いやす内服薬が優れているということになり、この時点でTS-1内服が胃癌治療の第一選択治療法となりました。
次に、5FUはシスプラチン(以後CDDPと略)という点滴薬と相性がよく、5FU+CDDP併用療法は5FU単独に対して生存期間の延長はしませんでしたが、奏効率は高めることが知られていました。そこで、TS-1もCDDPと併用すると効果が高まるのではないかと期待され、TS-1単独療法とTS-1+CDDP併用療法の胃癌に対する治療効果に関するSPRITS試験と呼ばれる比較試験が行われました。その結果、奏効率でTS-1単独療法が31%に対してTS-1+CDDP併用療法が54%、生存期間ではTS-1単独療法が11.0カ月であったのに対してTS-1+CDDP併用療法が13カ月と延長効果が認められ(図4)、現時点ではTS-1+CDDP併用療法が胃癌治療の第一選択治療法となっています。この治療法の開発のおかげで手術不能進行・再発胃癌の抗がん治療による生存期間は20世紀終わりに比較して3カ月も延長したことになり、胃癌の抗がん剤治療の進歩として特筆するものとなっています。
手術可能な胃癌でも、少し進行した早期癌以外の胃癌では、一定の割合で再発することが問題となって来ました。その再発を減らして治癒に持ち込める方を増やすために手術後に抗がん剤治療を行うことがあり、これを術後補助化学療法と呼んでいます。これまで術後補助化学療法として様々な治療法が検討されてきましたが、再発を減らすことはできませんでした。この術後補助化学療法の領域においてもTS-1単独療法が期待され、手術単独群と術後TS-1内服1年間を行った群との比較試験が行われました。その結果手術後3年後の生存率が、手術単独で60%に対し術後TS-1内服群では70%と、TS-1を内服することで100人の患者さんで治癒する人を60人から70人に10人増やせることが分かり(図5)、術後補助化学療法としてTS-1による治療の有効性が確認され、現在標準的治療として行われています。これも胃癌治療における抗がん剤治療の進歩の成果と言えると思います。

【大腸癌の化学療法】

 大腸癌の化学療法は、すべての癌腫の抗がん剤治療の中でもこの15年間で最も目覚ましい進歩を遂げた領域です。転移を有する大腸癌に対する化学療法は、1990年以前には有効な薬剤が5FUしかなく、胃癌同様に生存期間も10カ月という時代が長い間続いてきました。 しかし、1990年代の初めにロイコボリン(LV)という還元型葉酸の製剤が開発され、これが5FUの効果を高めることが分かり、LV+5FU併用療法が開始され生存期間は12カ月に延長しました。1995年ごろにはイリノテカンという新薬が導入され、LV+5FU療法との併用であるIFL療法やFOLFIRI療法が開発され、15~17カ月に延長しました。更に2000年にはオキサリプラチンという新薬が導入され、LV+5FU療法との併用療法であるFOLFOX療法が開発されて生存期間は20カ月を超える時代に突入しました(図6)。その後の臨床試験の積み重ねにより、LV+5FU・イリノテカン・オキサリプラチンといった大腸癌に有効な薬剤を完全に使い切ることで生存期間は21カ月以上に延長し、大腸癌の治療においては有効薬剤を上手に使い切ることが生存期間を延ばすには重要と強調されるようになりました(図7)。
ところで、20世紀に開発された抗がん剤の多くは、がんの細胞分裂の途中の過程を阻止してがん細胞を死に導き、がんの大きさを小さくするというのが主たるメカニズムでした。正常細胞に比べてがん細胞は、細胞分裂の速度が一般に速く、この違いを利用して正常細胞に最小限の被害でがん細胞を効率よく殺していきます。しかし、正常細胞でもがん細胞以上に細胞分裂の速い細胞は存在し、それらはがん細胞以上に殺されてしまいます。がん細胞より速い分裂速度の細胞には、毛嚢の細胞・消化管粘膜の細胞・白血球などがあり、抗がん剤の副作用として脱毛・吐き気や下痢・感染が起こるのはこのためで、逆に言うとこうした副作用が出ることを前提で抗がん剤は使われていたわけです。
近年の分子生物学の進歩に伴い、「がん」ができるメカニズムやがん細胞を特徴づける性質の原因が解明され、その原因のkeyとなる分子も特定されて来ています。これらの分子を目標に攻撃することで、「がん」の進展抑制や「がん」細胞を排除するがん治療薬として分子標的薬が開発され、臨床の現場で使用されるようになって来ています。こうした分子標的薬が大腸癌でも2007年頃から日本で使用されるようになりました。大腸癌に対して最初に日本で使用された分子標的薬が、アバスチンという血管新生を抑制する薬です(図8)。
がん細胞は、増殖や転移など活動するために酸素や栄養を必要とします。このためにがん細胞は、自分自身に酸素や栄養を運んでくれる血管を作るように血管新生因子と呼ばれる指令を出します。この血管新生因子ががん細胞から放出されると、周囲の血管を刺激して腫瘍血管と呼ばれるがん細胞のための血管が伸びてきて、がん細胞に酸素や栄養を供給するようになりがん細胞の活動も活発化します。ただ、この腫瘍血管は不完全な血管で、液漏れしやすく腫瘍血管とがん細胞の隙間は、水浸しの状態にあると考えられています。
アバスチンは、血管新生因子を中和する抗体で、がん細胞が血液中に放出した血管新生因子を捕まえて処理することで腫瘍血管ができなくし、がん細胞を日干し状態にします。また、アバスチンには既に出来上がっている腫瘍血管を退縮させて正常化する働きもあり、血管とがん細胞の間の水浸し状態を改善させる効果があるといわれています。すなわち、水浸しの状態のところに抗がん剤が行っても、この水に阻まれてがん細胞にまで到達することが困難なのですが、水浸し状態の改善により抗がん剤が容易にがん細胞に到達するようになり、抗がん剤の効果がより高めると言われており、抗がん剤治療と併用で使用されます(図8)。アバスチンは、イリノテカンとLV+5FU療法との併用であるIFL療法と、それにアバスチンを上乗せした併用療法との比較試験で生存期間の3ヶ月延長効果、1年の生存率で30%の上乗せ効果が証明されました(図9)。その後、様々な大腸癌に有効な化学療法との併用でも効果のあることが証明され、アバスチンの登場により生存期間も22カ月以上になりました(図6)。
更に大腸癌の増殖を促す指令に重要な分子が解明され、それに対する分子標的薬も欧米では使用されています。ヒト上皮増殖因子受容体に対する抗体薬で、ヒト上皮増殖因子受容体に蓋をして刺激が結合するのを阻止しがんの増殖を抑制します。2種類の薬が臨床応用されており、近い将来日本でも使用できるようになります。これらの薬が使用可能となると進行・再発大腸癌の生存期間は27カ月から30カ月になるといわれています(図6)。
以上大腸癌の化学療法は、この15年ぐらいの間に飛躍的な進歩を遂げて、生存期間は10カ月から30カ月と3倍近くにまで延長しました(図6)。まだ5年生存率に関するデータは出てきていませんが、15年ほど前まで5%といわれていた生存率も40%近くになると予想されており、更なる進歩も期待されています。

【食道癌の化学療法】

 食道癌の治療の主役は手術療法ですが、手術療法への抗がん剤治療の追加は手術成績の向上に繋がると共に、抗がん剤治療と放射線療法の併用は手術に匹敵する治療成績を上げる事ができるかもしれないという期待があり、食道癌の治療においても化学療法は重要な役割を果たしています。
食道癌の治療戦略を示します(図10)。食道癌でがん細胞が表面にある粘膜に限局している場合は、内視鏡的粘膜切除が行われます。以前には狭い範囲の癌しかこの方法は使用できませんでしたが、内視鏡を使用した粘膜切除方法の進歩により広い範囲の食道癌であっても食道粘膜の浅い所にある事が分れば積極的にこの方法が取られています。しかし、たとえ狭い範囲であっても粘膜の少し深いところにまでがん細胞が浸潤していると、食道の外側にあるリンパ節にある一定の頻度で転移していることがある事が知られており、内視鏡では治癒させることが出来ません。このような対象には、これまでは手術が行われてきましたが、抗がん剤と放射線治療を併用する化学放射線療法によって手術に匹敵もしくはそれ以上の治癒率が上げられることが分ってきました。現在、粘膜に限局しているも内視鏡で治癒しない危険のある食道癌では、化学放射線療法が治療の第一選択になりつつあります。
食道癌が更に粘膜より深いところから食道壁の外側にまで存在しており、なおかつ周囲の臓器と接触していない場合は、手術療法が第一選択となります。しかし、手術でがん細胞を取りきったと判断しても、顕微鏡でも捕らえきれないレベルのがん細胞が既にリンパ管や血管に出てしまっている可能性があり、これが後に再発となって現れてくると考えられています。このような目に見えない転移を殺してしまう目的で抗がん剤治療の追加が検討され、手術単独に比べて手術後に抗がん剤治療を追加することで手術単独より良い治療成績が上げられることが分っていました。しかし、手術治療はがん組織に手を加えるので、その機械的操作でがん細胞を遊離させてしまう危険があり、それならば手術の前に抗がん剤治療を行ったほうがいいのではという考え方が出てきました。そこで、本邦で抗がん剤治療を手術後に行った場合と手術前に行った場合の治療成績の比較の試験が行われました。これによると、手術の前に抗がん剤治療を行った方が手術後行うより、再発を2年から3年へ1年間延長させ、5年生存率を約40%から60%へ引き上げる事が分り、現在では手術の前に抗がん剤治療を行うのが最も治療成績が良いことが分っています(図11)。
また、手術が標準療法である対象群にいろいろな理由から化学放射線療法が行われた群に関して生存率を見たところ、5年生存率が手術療法を行った場合と遜色が無いという治療成績がある有名な施設より出てきました。食道癌の手術は10数時間に及ぶ大手術で手術浸襲も相当の物があります。更に食道を切除してしまい、代わりに喉の近くにまで胃を吊り上げてしまいますので、手術後の後遺症で悩まれる方が多いという現実があります。化学放射線療法は治療期間が長く、治療中副作用はありますが、治療による浸襲は少なく、また治癒してしまえば治療後に食道が生理的状態で残りますので、食事が普通に摂取可能できるという利点があります(図12)。本当に化学放射療法が手術に匹敵する治療成績ならば、後遺症という点で化学放射線療法が良いと考える方も増えると思われます。そこで現在、手術と化学放射線療法の比較のための臨床試験が行われています。
抗がん剤治療は食道癌の治療の重要な位置を占めるに至っていますが、抗がん剤単独で治療しなければならない進行食道癌に対しては、まだまだ力不足です。また、化学放射線療法後に再発した例に対する有効な抗がん剤が無いのが現状で、この点更なる研究開発が必要です。

【最後に】

消化管のがん治療の基本は、手術療法です。しかし、本領域に従来効果が期待されないとされてきた抗がん剤も最近の進歩により重要な治療法の一つになってきました。抗がん剤単独療法のみならず、手術療法や放射線療法との組み合わせでも治療成績が伸びてきています。分子標的薬の開発・導入によっても進歩のスピードが速まっています。
消化管のがん治療における化学療法の重要性は、今後更に高まるものと思われます。

図  表 

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図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図10

図11

図12