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関東支部

第2の脳「腸」を良く知って、どんどん増えている「腸の病気」を治す

渡辺 守(東京医科歯科大学消化器内科)


【はじめに】

 お腹(消化器)の病気が様変わりしてきています。今までは胃や肝臓の病気が多かったのですが、「腸」の病気がどんどん増えているのです。腸の病気には、大きく分けて、「がん・ポリープ(腫瘍性腸疾患)」、「キズ(潰瘍)・ただれ(炎症)を起こす病気(炎症性腸疾患)」、「動きの異常・痛みの過敏を起こす病気(機能性腸疾患)」の3つがありますが、その全てが増加しています(図1)。

 何故、「腸」の病気が増えているのでしょうか? 腸の病気にならないためにはどうしたら良いのでしょうか? 実は「腸を守る」事は「体を守る」事そのもので、腸はその位、大切な所である事を分かって戴きたいと思います。また腸の病気を知る事、腸の検査をする事も大切です。「第2の脳」と言われる腸を良く知って、どんどん増えている「腸の病気」を早く見つけて、適切な治療ができるようにしましょう。

【腸はどのくらい大切なのでしょうか?】

 なぜ、腸は「第2の脳」と言われるのでしょうか?

 実は腸はこれまで考えられてきたのとは全く想像を絶する程、大切な組織である事が最近になって、初めて分かってきたのです。腸が最も古い組織である事は分かっていましたが、1990年代に入り、腸が特別な場所である事が証明されました。まず、腸は「内なる外」、即ち体の内側にあるが外側に面している事が分かりました。普通は皮膚が一番外側に面していると考えがちですが、腸は皮膚の何と200倍、テニスコート1.5面分もの面積で外側に面している組織である事が分かったのです(図2)。

 また、単なる「管」では決してない事が明らかとされました。研究の進歩により、腸が、ヒトの体を守っているリンパ球の60%が集まる「ヒトの体で最大のリンパ組織、免疫組織」であり、首から下の神経の50%以上が集まる「ヒトの体で最大の末梢神経組織」であり、体の中の毛細血管などの小さな血管の55%が集まる「ヒトの体で最大の微小血管系」を含有しており、また生体内「ヒトの体で最大のホルモン産生」をしている事が示されました。そこで初めて、腸は「第2の脳(second brain)」と呼ばれるほど複雑な組織である事が明らかとなったのです(図3)。実は脳も腸を守るために発達してきたので、「腸は脳より複雑な組織であるはず」と極論する研究者すらいます。

 更に腸には腸内細菌が500-1000種類、100兆個もいて、実は、健康なヒトの体内でも、腸と細菌はお互いに戦いを繰り返しており、便の1/3は細菌およびそれと戦った腸の細胞の死骸であるほどである事が分かりました。

 それだけでは有りません。腸はヒトの体の中で最も寿命が短く、わずか3-5日で新しく生まれ変わる事が分かり、最も再生能力が高い組織である事が分かりました。この正常の生まれ変わりがうまくいかなくなると、腸にできたひどいキズが治りにくくなったり、反対に過剰に腸の細胞が作られるとがんになったりする事も分かりました。

 従って、腸はヒトの体で最も複雑な所である事が分かってきた事から、最も大切な所であると考えられるようになったのです。この腸の特殊性、複雑性が実は腸の病気が増えてきたり、治りにくかったりする、大きな理由である事が分かってきました。

【腸にはどんな病気が起きるのでしょうか?】

 腸には「がん・ポリープ(腫瘍性疾患)」が良くできる事は知られており、お話しを聞く機会も多いと思いますが、それ以外にも、「キズ(潰瘍)・ただれ(炎症)を起こす病気(炎症性腸疾患)」、「動きの異常・痛みの過敏を起こす病気(機能性腸疾患)」と、大きく分けて3種類の病気があります。その全てが驚くほど増えています。

 「キズ(潰瘍)・ただれ(炎症)を起こす炎症性腸疾患」にはどんな病気があるのでしょうか?この中には原因が明らかな急性の腸炎と原因不明の慢性の腸炎があります(図4)。原因が明らかな急性の腸炎ではウイルスや細菌によるものはノロウイルスやキャンピロバクターによるものが有名ですが、最近は痛み止め、風邪薬、アスピリン、抗生物質等、薬による腸炎が増えています。また、厚生労働省の難治性疾患、いわゆる難病に指定されている潰瘍性大腸炎およびクローン病の患者さんは増加の一途をたどり、現在、15万人になっています。なぜこの難病が増えてきたかは正確には分かっていませんが、食生活の欧米化により、腸内細菌が変化した事、腸粘膜の免疫機能の変化などが考えられています。この難病は原因が1つではないために、「原因不明」と言われますが、この病気が起こる仕組みはどんどん分かって来ています。症状を起こす主体が免疫の過剰反応による事が分かったおかげで、過剰な免疫を抑える新しい治療薬「抗TNF-α抗体」が開発され、その効果は劇的で、病気の経過を大きく変えてしまうのではないかと注目されています。

 「動きの異常・痛みの過敏を起こす病気(機能性腸疾患)」である過敏性腸症候群はこれから最も注目される腸の病気ですので、覚えておいて下さい(図5)。この病気は下痢、便秘などの便通の異常が慢性的に起こり、腹痛、腹部不快感を感じつつも、便をすると良くなり、病院に行って血液検査、便の検査、大腸内視鏡検査を受けても正常なため、精神的なものと考えられてきました。日本の推定患者数が1300万人もいると思われながら、患者さんの多くは病院に通っておらず、自分で悩んでいるという病気でした。しかしながら、最近、腸の研究が進歩したお陰で、この病気が起こる仕組みもある程度分かってきています。過敏性腸症候群は決して精神的なものでなく、食中毒の最も多い原因であるキャンピロバクターなどの細菌に感染した後、残った軽度の免疫の異常で起こるのではないかと考えられるようになってきています。また腸に多いホルモン、例えばセロトニンというホルモンの異常ではないかと考えられ、セロトニンを腸が受け取る場所をブロックする新しい薬が開発されました。

【腸の検査をするのは大変ではないですか?】

 「腸の検査は大変だと聞いていますがーー」と良く質問されます。確かに検査をしなくて済めばそれにこした事はありません。ではがんも含めて、腸の病気にならないようにするにはどうしたら良いのでしょうか?予防ができれば一番良い事は分かっています。しかしながら、例えば大腸がんを予防できる事が確実であるものは1つも証明されていません。運動だけが大腸がんの予防になる事がほぼ確実ですが、かなりの運動が必要です。食物繊維が良いかどうかも不明です。従って、大腸がんを予防するは非常に困難であると言わざるを得ませんし、同様に腸の病気を予防する事もほぼ不可能です(図6)。

 やはり検査をする事が必要です。大腸内視鏡検査は確かに以前大変な検査でしたが、今は内視鏡自体が細く、柔らかくなっており、また内視鏡の前に眠くなる薬を使って貰えば、かなり楽にできるようになっています。「意外に楽だった」「眠っている内に終わってしまった」という方も増えています。怖がらず、大腸内視鏡検査を受けて下さい。

【腸の新しい検査は開発されていますか?】

 腸の新しい検査法として、カプセル内視鏡という検査が多くの病院で行われるようになってきました(図7)。これは1円玉ほどの長さのカプセルを飲んで普通の生活をして戴き、8時間後に回収するもので、大腸内視鏡に比べて精度は落ちますが、病気が小腸にある場合には大変有効な検査です。

 CTスキャンを使ったバーチャル内視鏡も開発され、現在は画像が荒くて、細かな病気の観察は難しいのですが、将来的には検診などで使われる時代が来ると考えられています。 

 東京医科歯科大学病院では最近、MRIを使った新しい腸の検査を開発しました。MR Enterocolonogrphy (MREC)という検査で、大腸と小腸の病気を同時に観察でき、放射線被曝がなく、造影剤の注腸が必要ないなど、これまでのCTやMRIを用いた検査に比べて画期的な点が多く、今後注目される検査になる事と思います(図8)。

 最近では、小腸の内視鏡検査が出来るようになりました。東京医科歯科大学病院でも、これまで400例以上の患者さんに行われていますが、実に半数以上の患者さんの小腸に異常が見つかっています(図9)。これまで小腸には病気がほとんど無いと考えられてきましたが、内視鏡が開発され、腸全部が観察できるようになった途端に、小腸に次々に病気が見つかっているのです。原因不明の貧血の患者さん、血液のついた便が出るのにどこから出ているか分からない患者さん、腸閉塞を度々起こす患者さんなどは是非、小腸の内視鏡検査を受けて下さい。

【最後に】

 腸の病気は確実に増えています。しかしながら、怖がる必要はありません。日本においては、内視鏡など診断技術の発達により、腸の病気は早く見つかるようになりました。また最近の治療の進歩により、腸の病気は早く見つかれば、かなりよくなるようになりました。

 最後のメッセージとして(図10)、
 1)腸はヒトの体の中で最も複雑で、最も大切な組織です!
 2)「腸を守る」事は「体を守る事」です!
 3)「腸を守る」ためには「腸の病気」を早く見つける事です!
 4)「腸の病気」を早く見つけるためにはまず「検査」をして下さい!
を強調したいと思います。

図  表 

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図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図10