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近畿支部

ピロリ菌感染と胃がん

東 健(神戸大学大学院医学研究科消化器内科学分野)


はじめに

 1981年以来、悪性新生物は我が国の死亡原因の第一位はがんであり、年々その数は増加しています。現在では、男性の二人に一人、女性の三人に一人ががんで死亡している状況です。その中で、胃がんは長年がん死亡原因の第一位の座を続け、我が国は世界で最も胃がんの多い国でした。その後、胃がんの死亡率は大きく低下し、2009年では、男性では肺がんに次いで第二位、女性では、大腸がん、肺がん、に次いで第三位です。しかし、患者数では2004年の時点で依然第一位であり、胃がん予防対策は現在も我が国の大きな課題の一つであります。我が国ではこれまで、胃がん予防対策として胃がん検診を中心とした早期発見、早期治療につとめてきました。しかし、その後ヘリコバクターピロリ菌(ピロリ菌)が1982年に発見され、胃がんとの関連が明らかにされてきており、胃がんの発症に感染症という新たな展開が生じてきました。疫学的調査結果を踏まえ、ピロリ菌感染と胃がんとの関連はWHOから、肺がんにおける喫煙や、肝がんにおけるB型肝炎ウイルスとの関連と同様に確実な発がん因子に認定されています。

ピロリ菌感染経路

 ピロリ菌はグラム陰性桿菌に属する細菌で、1982年にオーストラリアのマーシャルとウォーレンという研究者によって発見されました。彼らは、ピロリ菌の発見の功績により、2005年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。両端に鞭毛があり、らせん状に捻じれた形をしています。ピロリ菌は世界の全人口の約50%、我が国でも約50%弱のひとに感染しています。感染経路はまだまだ謎ですが、衛生環境が整備されていない時代や地域などでの経口感染によると考えられています。経口感染といっても、キスや通常の接触で感染することはありません。免疫機能が十分に発達していない幼児期に感染することがほとんどです。大人になってからの感染はほとんど心配することはありません。感染には、縦の感染と横の感染の二種類があります。縦方向の感染経路として、日常的に接する母親からの感染が多いと考えられています。母親の口移しの栄養補給なども原因の一つではないかと考えられています。また、横方向の感染経路として、保育所や幼稚園などのひとが多く集まる場所での感染が考えられます。子供が嘔吐した吐物には多くのピロリ菌が存在するため、吐物に触れた手で、他の子供や食物などに触れ、それが口に入った場合などに感染することが考えられます。我が国のピロリ菌の感染率は、年代によって大きな差があります。戦後まだ衛生環境のインフラが十分整っていなかった時代に幼児期を過ごした60代以上のひとでは約60~70%と高く、衛生環境が整備されるにつれ、感染率は低下し、現在の10代では10%を切るまでに減少しています。現代の清潔な生活が持続する限り、ピロリ菌の感染者は年々減っていくと考えられます。しかし、これから人生後半に向かっていく40~50代以上のひとにとっては、ピロリ菌に感染しているかどうか、また現在の自分の胃の状態がどのようなものであるかを知っておくことは、健康に長生きするための予防医療としても、非常に重要なことです。

ピロリ菌感染と胃・十二指腸潰瘍

 ピロリ菌の発見がノーベル賞の対象になるほど重要だったのは、今までどうしても防ぐことができなかった胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発が、ピロリ菌を除菌することによってほとんど再発が生じなくなることが証明され、患者さんにとっての大きな恩恵が認められたからです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍は非常に古くからある病気ですが、その原因については胃酸が関係しているということ以外、はっきりと解明されていませんでした。胃潰瘍や十二指腸潰瘍は一度発症するとその後、治癒と再発を繰り返します。そのため、一度潰瘍を起こしたら一生治らないといわれていました。胃潰瘍の再発に悩まされたひとは昔から数多く知られており、夏目漱石もその一人です。昔は有効な薬もなかったため、治療に制酸剤(重曹)や牛乳を飲んだりするぐらいで、ときには吐血をしたり、胃に穴が開いたりすることもありました。近年では、医学の進歩で、胃酸を抑える抗潰瘍薬が開発され、薬を飲むことで潰瘍が治り症状はなくなりますが、再発からは逃れず、1年以内に約50%のひとが再発するという状況が続いていました。研究者は長い間、再発を防止するための研究や工夫を繰り返していましたが、状況はいっこうに改善されませんでした。しかし、ピロリ菌の発見により、抗生物質による除菌のみで、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発がほとんど無くなることが証明され、再発-治癒-再発というサイクルから完全に抜け出すことが可能になったのです。

ピロリ菌感染と胃がん

 ピロリ菌が胃の粘膜に感染すると、表層に胃炎を起こします。胃炎によって、粘膜はだんだん萎縮していき、炎症が長い期間持続することにより、胃がんが発症すると考えられています。ピロリ菌感染と胃がんとの関係を証明するために、まず、調査対象者のピロリ菌感染をチェックし、以来、継続して毎年胃内視鏡検査で胃がん検診をしました。その結果、ピロリ菌が陰性のひとの場合、10年経過しても一人も胃がんが発症しなかったのに対し、ピロリ菌陽性のひとの場合は年々胃がんが発症し、10年経ったときには5%近いひとが胃がんを発症し、内視鏡治療などを受けました。この前向き研究により、ピロリ菌感染と胃がんの関係が証明されたのです。我が国では昔から胃がん検診が広く行われ、そのデーターによれば胃がんが発見されるのは検診者の0.4%程度、つまり200人に1人くらいに胃がんが発見されていました。昔は国民の大多数がピロリ菌陽性だったので、感染者の0.4%が1年間に胃がんが生じるということになり、前述の結果とほぼ同じ割合になります。1年に0.4~0.5%が胃がんを発症するというと、それほどリスクはないと思われるかもしれませんが、この割合は1年間のものです。1年で0.4~0.5%ならば、毎年その割合で発症するということで、感染している本人のことを考えるとリスクを累積していく必要があります。それらの点を考慮して計算すると、生涯のうちで胃がんを起こす危険性があるのは、ピロリ菌感染者の10人に1人(1割)ということになり、リスクは決して低くはありません。

予防医療としてのピロリ菌検査と除菌

 現在では胃がんのほとんどがピロリ菌の感染によって生じるということが証明されています。ピロリ菌を除菌することが胃の健康にどの程度貢献するか、というデータは、いろいろ出されています。慢性胃炎の患者さんに対して、除菌をしたグループとしないグループを約10年間追いかけてみると、除菌をしたグループは胃の萎縮が進まないということが明らかになっています。また、胃潰瘍の患者さんの場合、除菌によってほとんど再発を防ぐことができますが、胃がんに関しても、除菌したグループと除菌しないグループを約8年間継続して観察してみたところ、除菌をした方が約30%発がんを抑制できたとい結果が出ています。さらに、早期胃がんが発見され、内視鏡的に切除治療をした患者さんの場合、しばらくすると二つ目の胃がんが発症することがあります。そこで、早期胃がんの内視鏡的治療後に除菌をしたグループとしないグループを比較すると、除菌をしたグループは二つ目の胃がんの発症を有意に抑制することができたというデータも出ています。ピロリ菌による胃粘膜の萎縮は感染期間が長いほど進むため、出来るだけ早い時期に除菌をすることが胃がん予防に効果的です。

ピロリ菌の検査方法と除菌治療

 ピロリ菌感染者のほとんどには症状がありません。中には慢性的に胃の調子が悪く、胃の痛みなどの症状が重くて医療機関に通っているひともいますが、それは一部に過ぎず、特に50歳以上の場合、症状がなくてもピロリ菌に感染している可能性は高いといえます。実際に除菌をしてみると、今までより格段に胃の調子がいいと感じるひとが多いのは、幼児期にピロリ菌に感染し、ずっとその状態で過ごしていたため、多少具合が悪くても、それが普通の状態だと認識していたせいかもしれません。
 ピロリ菌に感染しているかどうかを確認する検査には、胃内視鏡を使用する検査と使用しない検査があります。内視鏡検査では、内視鏡を通して肉眼で胃の表面の萎縮などを確認するほか、内視鏡で胃の組織を採取し、ピロリ菌が特徴的に持つ酵素(ウレアーゼ)を確認する迅速ウレアーゼ試験、培養、病理学的な顕微鏡での観察などの方法があります。内視鏡を使用しない検査には、尿中や血中の抗ピロリ菌抗体測定、便中のピロリ菌抗原測定、尿素呼気試験があります。
 検査でピロリ菌が陽性であった場合、除菌には抗生物質を服用します。現在使用されている薬は、潰瘍の薬(プロトンポンプ阻害剤)と二種類の抗生物質(アモキシシリンとクラリスロマイシン)の三種類で、1週間続けて服用します。以前はこの治療で約90%が除菌成功していたのですが、最近ではクラリスロマイシンに対する耐性菌ができ、除菌成功率が下がったために、クラリスロマイシンをメトロニダゾールという抗菌薬に変えた二次除菌を行っています。二次除菌では90%以上の確率で除菌が成功します。
 しかし、ピロリ菌の検査と治療は、胃・十二指腸潰瘍、胃マルトリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃がん内視鏡治療後の患者さんだけに保険診療が認められている状況です。ピロリ菌の検査と治療は胃がん予防として大きな効果が期待できると思われ、ぜひ、多くの慢性胃炎患者さんにも保険適用にしていただければと願っています。
 ピロリ菌が陽性だった場合は、毎年定期的に必ず胃内視鏡を受けることが大切です。除菌をした場合でも、残念ながら、胃がんのリスクが全くなくなるというわけではなく、毎年胃内視鏡検査を受け、もしがんができたとしても早期に発見し治療することが何より大切です。

おわりに

 今では、ほとんどの胃がんはピロリ菌感染症によることが明らかになってきました。したがって、ピロリ菌の感染率の減少とともに胃がんも少なくなっていくはずです。将来的には、世界で一番胃がんの多い国といわれたことが想像もできないほど、胃がんの患者さんが減ることになるかもしれません。しかし、当面は、国民の約50%がピロリ菌感染者であるという状況が続きます。今後、高齢者の割合がますます増加していく時代に向い、胃がんで苦しむ患者さんを少しでも減らすために、また胃がん治療に掛る医療費の増大を防ぐために、予防医療としてピロリ菌の検査と除菌を強くお勧めしたいと思います。そのためにも、一日も早くピロリ菌感染者全てのひとに対して、ピロリ菌の検査と治療が保険適用になることを願っています。

図  表 

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