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健康情報誌「消化器のひろば」No.16

健康情報誌「消化器のひろば」No.16

 ずばり対談 ゲスト プロ野球選手・阪神タイガース 原口文仁/北独立行政法人労働者健康安全機構・関西労災病院・ 下部消化器外科部長 畑泰司

2019年1月、大腸がん罹患を公表し、直後に手術を受けた原口文仁選手。一日も早い復帰を目指し3月にはチームに合流。6月にはファン待望の一軍復帰を果たし、復帰直後の6月9日の北海道日本ハムファイターズ戦ではサヨナラヒット、オールスターでは2打席連続ホームラン。術後半年も満たずに、補助療法として抗がん剤治療を続けながらも力強い快打撃を見せてくれた原口選手の姿は、野球ファンのみならずたくさんの人々を勇気づけました。大腸がんとの闘いを前向きに乗り越えてきた原口選手に「親の代からの阪神ファン」と語る畑泰司先生が熱いエールを送りました。

(2019年12月9日収録)

27歳で大腸がん告知。
初めて生死を身近に感じた


僕は大阪生まれですから、当然阪神タイガースのファンクラブにも入っています。両親、特に母が阪神の大ファンでしたから、僕が阪神ファンになるのはおなかの中でもう決まっていたかもしれません(笑)。2019年1月の、原口選手が大腸がんになられたという報道には大変驚きました。

原口
2017年6月頃から下血などがあり体調の変化に気づき、オフシーズンの1月8日に人間ドックを受けて大腸がん(注1)だとわかりました。プロ野球選手として運動していて、日頃から仕事の一つとして健康管理にも取り組んでいたのにまさかと驚き、正直なところ公表するまでは少し悩みました。生死を身近に感じることが今までなかったし、自分はまだ27歳、娘は1歳。子供の顔が見られなくなるかもしれないと思うと、すごくさみしくなりました。でも、娘が成人する姿を見たいですし、気持ちが暗くなっては病気も良くならないのではないか、前向きに明るく過ごそうという思いがだんだん強くなりました。
これまでも僕は大きなけがで戦力外通告を受けそうな時期を何年も経験してきました。それでもくさることなく野球を続けてこられたのは誇りでもありますし、大きな自信にもなっています。だからこの病気に対しても、根拠はないのですが「絶対に戻れる」という自信がありました。


きっと今までのプロ野球選手としての苦難のご経験を経て、ご自身に起こった状況を消化して、ポジティブに変換してやる気に変える能力に長けていらっしゃるのだろうと思います。

術後の後遺症と食物アレルギーに悩まされた


原口選手が受けられた腹腔鏡下手術(注2)は、現在日本の多くの病院で大腸がん、特に盲腸がんや結腸がんでは手術の第一選択になっています。おなかを二酸化炭素でドームのように膨らませる「気腹」という状態にしておきカメラを入れて手術する方法で、開腹手術に比べると出血量も少なく、傷あとも目立たず、術後の痛みも少なくてすみます。手術時間は少し長くかかりますが、復帰までの時間は短くてすみます。

原口
それでも手術が初めてだったので、直後はとてつもなく痛かったですね。トイレに行くのも寝返りを打つのもきつかったです。手術創がふさがって野球に復帰してからは全く問題なく、今まで通りになりました。入院中は何もできることはないし、当時1歳の娘が見舞いに来て笑わせてくれるとおなかが痛いし、1日が長く感じられました。テレビでいろいろな球団のキャンプの様子を見て過ごしてもいました。それもいずれ自分のためになるのではないかと思って……。


復帰された後の7月初旬まで抗がん剤を使っておられたと知って僕は大変驚きました。大腸がんの補助化学療法(注3)として使う抗がん剤は、種類によって副作用の特徴が違います。原口選手の場合、手足の皮が剥けたり、点滴で痺れが出るといった副作用のあるお薬では野球に支障を来すと思います。主治医の先生は野球を続ける前提で抗がん剤を選択されたのですね。

原口
はい。主治医の先生には「体調が悪くなければ野球をやっても良い」と勧めていただきました。僕の場合、吐き気や頭痛といった症状はあまり出なくて、食欲も落ちませんでした。でも、それまではなかった食物アレルギーが突然出てきたことに加え、体の疲れやすさやしんどさ、倦怠感もありました。精神的にもきつかったのですが、自分で自分を奮い立たせていました。一軍にいるためには結果も出さなければいけないし、チームのためにも頑張りたい。何より野球をやっているということが心の支えになっていました。ただ、手術後の後遺症で排便が頻繁になったのが大変でした。これは術後半年から1年程度かけて戻ると聞いてはいましたが、もうちょっと練習したかったのに切り上げなければならなくて、気持ちの上でも落ち込むことがありました。散歩や家族との外出中も常に気になっていました。

注1 大腸がん
大腸がんは結腸・直腸・肛門に発生するがんの総称。早期の段階では自覚症状はほとんどないが、進行すると血便や下血、下痢と便秘を繰り返し、便が細い、残便感、おなかが張る、腹痛、貧血、体重減少などの症状が現れる。国立がん研究センターの2019年統計予測によれば、大腸がんは男性のかかるがんの中でもトップ。罹患率は50歳以上で増加、高齢になるほど高くなる。大腸がんの死亡率は男女とも1970年代から急増しており、脂肪摂取量など食生活をはじめとした環境の変化と関連があると考えられている。

注2 腹腔鏡下手術
おなかにつけた小さな傷からカメラを入れてモニターで腹腔内を観察しながら、特別な器具を操作して血管の処理や剥離を行う外科手術の技術。1980年代後半に開発され、1990年代前半から大腸がん手術に取り入れられている。傷が小さいので術後の痛みが軽く、腸管運動の回復も早いため経口摂取も早期に開始できる。また長期的に見ても癒着を起こしにくいと考えられている。

注3 補助化学療法
化学療法とは抗がん剤、分子標的薬、ホルモン剤、免疫賦活剤(免疫力を高める薬剤)等を使う薬物療法を言う。外科手術ががんの病巣を取り除く「局所療法」であるのに対して、化学療法は「全身療法」に当たる。大腸がんの場合、手術後に再発予防を期待して「補助化学療法」を行うことがある。適応は病状、年齢や全身状態などから総合的に判断する。複数のがん治療薬や、副作用を和らげるための薬を併用することが多い。

「試合に万全の体調で臨めればいいから」


食物アレルギーは副作用というより、治療のストレスなどが間接的に影響したものではないかと思います。後遺症については、S状結腸や直腸のあたりは便を溜める役目があるので、切除すると特に術後早期は1回の排便量が少なく頻回になり、さらに我慢もできなくなってしまいます。患者さんにとってはとても大変な問題で、特に長距離ドライバーなどすぐにトイレに行けない環境下での仕事の方には大きな支障になります。

原口
監督やコーチ、トレーナーさんを始めチームの方の配慮、サポートは本当にありがたかったです。入院前にはトレーナーさんに全身を測定してもらい、練習に復帰したときにもまた測定しました。入院とその後の自宅療養で筋力が少し落ちていたので、まずはそれを戻すことからのスタートでした。「試合に万全の体調で臨めるよう合わせてくれればいいから」ということで、暑い日は自分だけ屋内でのトレーニングにしたり、練習時間を短くしていただいたりという環境を作っていただきました。


原口選手のように仕事がある若いがん患者さんの場合、がん治療と仕事とを両立しなければいけませんので周囲の理解というのは非常に重要です。患者さんの中には職場にがんであることを伝えると望まない異動をさせられたり、最悪辞めさせられたりする可能性があるとおっしゃる方もいらっしゃいます。阪神タイガースのように理解を示してくれる職場であってほしいですね。

野球で悩めるのは幸せ。 もっと野球を楽しみたい


6月に一軍に復帰された直後のサヨナラヒットでは、阪神ファンのみならず球場全体、おそらくテレビ観戦の方も、嬉しさと安堵感でいっぱいになったと思います。

原口
ありがとうございます。僕自身は打てた喜びで興奮しすぎて、誰に抱きついたかも覚えていないぐらい嬉しいできごとでした。


抗がん剤治療をされながら、よくここまで速いペースで試合に戻ってこられたものです。

原口
早く試合に復帰できたのは治療中、自分自身で目標を持ったことが大きかったと思います。ゴールデンウィークには試合に復帰して、交流戦では一軍に上がることを手術前からイメージしていました。そして復帰までの過程を逆算して目標にしました。そうすると実際にイメージ通りに進んでいきました。


がんを経験されたことで、野球への気持ちは何か変わりましたか。

原口
病気をするまでは、悩みも何もかも考えることは野球ばかりでした。でも病気を経験して、野球の悩みは小さなことだと思いました。悩むことは成長の過程だし、悩まなければうまくならない。悩めることは幸せなんです。だから僕は、これからは野球で苦しむだけではなくて、もっと野球を楽しみたいし、もっと人生を楽しみたい。僕たちが野球を楽しむ姿を見て、野球に興味を持ってくれる方がもっと増えるかもしれません。もちろんそのためには一軍で活躍する、それはこれからも常に僕のテーマです。


がん対策の活動もされているようですね。

原口
はい。大腸がんを公表したのも、がんにかかったことに何か使命のようなものを感じたからです。プロ野球選手になれること自体、数少ない確率なのですが、ましてやこのような大きい病気にかかる経験をした選手はほんの一握りしかいないのではと思います。僕が病気を克服して活躍することが、野球ファンだけでなく病気に苦しむ方やそのご家族への励ましになると思いました。また、メディアを通じて多くの方に早期発見・早期治療の大切さを伝えることもプロ野球選手としての使命だと思っています。


今回お会いして、野球に対する真摯なお気持ちと、目標を立てたら絶対にあきらめない姿勢が原口選手の魅力なのだと改めて思いました。2020年も原口選手がきっちり絡んで優勝争いを見せてくれることを期待しています。ありがとうございました。

構成・中保裕子

プロフィール

原口 文仁(はらぐち ふみひと)

原口 文仁(はらぐち ふみひと)
1992年、埼玉県生まれ。帝京高校3年生時に第91回全国高等学校野球選手権大会に出場。2009年、ドラフト6位で阪神タイガースに入団。一軍での出場がないまま2012年に椎間板ヘルニアを患い、オフに育成選手に降格。その後もたびたび故障に悩まされてきた。2016年4月27日に阪神と支配下選手契約を結び、同日の読売ジャイアンツ戦でデビュー。2019年1月に大腸がんを公表。リハビリと治療を経て5月8日の中日戦(二軍)で復帰、6月4日に一軍登録。現在は成績に応じた寄付金を医療施設などに贈るための「原口基金」を設立。また2020年1月に「原口文仁チャリティーラン フェスティバル inすさみ」を開催し、収益の一部を日本対がん協会などに寄付している。

畑 泰司(はた たいし)

畑 泰司(はた たいし)
大阪府大阪市生まれ。1997年香川医科大学(現香川大学医学部)卒業。大阪大学大学院病態制御外科(現消化器外科)に入局。関連施設での勤務後、大阪大学大学院消化器外科学での医局長、特任講師を経て、2019年4月より関西労災病院外科にて下部消化器外科学部長を務める。専門分野は大腸がん手術(特に腹腔鏡及びロボットなどの低侵襲手術)、大腸がん薬物療法、静脈血栓塞栓症。

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