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健康情報誌「消化器のひろば」No.22-4

JAK阻害薬

JAK阻害薬

潰瘍性大腸炎の分子標的治療に低分子化合物が登場しました。炎症性腸疾患でもたった一つの分子を標的とした分子標的治療薬が主流となってきています。その多くは生物学的製剤と呼ばれる抗体製剤でした。抗体製剤は分子量が大きく、工業的に大量生産ができず細胞やマウスに作らせる必要があります。一方、低分子化合物は工業的に大量生産が可能で抗体製剤で認められる中和抗体誘導による効果減弱もありません。低分子化合物による分子標的治療の開発が進んでおり、その初めての承認薬が潰瘍性大腸炎に対するJAK阻害薬です。

 JAKとはJanus kinase と呼ばれるリン酸化酵素のことです。Janusはローマ神話のヤヌス神と呼ばれる双面神に由来しています。インターロイキンなどの炎症性サイトカインがその受容体に結合して様々な生理活性を発現するためには細胞内シグナル伝達とよばれる情報の受け渡しが必要です(図)

図 多くのインターロイキンの下流は STAT分子のリン酸化により情報が伝達されますが、その仲介をするのが JAKです。JAKは上流のインターロイキン受容体と下流の STAT分子の両者をリン酸化します。リン酸化された STAT分子は2量体を形成し核内へ移行し炎症に関与する分子の遺伝子発現を促します。上流と下流の分子の両者をリン酸化することから Janus kinase の名前が付いたと考えられます。JAK-STAT系によるシグナル伝達は4つの JAK(JAK1, JAK2, JAK3, Tyk2)と7つのSTAT分子の組み合わせで決まり、免疫、造血、抗ウイルス作用など多彩な生理活性を制御しています。この JAKの作用を阻害するのが JAK阻害薬です。潰瘍性大腸炎の炎症に関与する炎症性サイトカインは主に JAK1や JAK3を使用することが多いです。

現在、潰瘍性大腸炎に承認されている JAK 阻害薬にはトファシチニブ(ゼルヤンツ®)、フィルゴチニブ (ジセレカ®)、ウパダシチニブ(リンヴォック®)があり、程度の差はありますが、JAK1に対する親和性が最も高くなっています。ステロイド依存性や抵抗性のいわゆる難治性で中等症から重症の潰瘍性大腸炎に用いられます。効果発現は比較的早く、数日で血便が消失したという報告もあります。また過去に生物学的製剤が無効だった患者さんにも効果が期待できます。JAK阻害薬で寛解となった患者さんではそのまま維持療法へ移行することができます。JAK阻害薬の副作用として帯状疱疹があり、特に日本人で多いとされています。また欧米ではリウマチ患者さんの使用成績で心血管系イベントや血栓症のリスクが報告されていますが日本人潰瘍性大腸炎患者さんでは明らかではありません。また妊婦さんに使用することはできません。経口薬で有効性も高い薬ですので、主治医と相談しながら安全に使用することが大切です。


 

杏林大学医学部消化器内科学 教授
久松 理一

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